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2024年5月16日 (木)

映画「オッペンハイマー」

 2024年5月16日、映画『オッペンハイマー』を観る。

 今年の米アカデミー賞「視覚効果賞」を受賞した『ゴジラ-1.0』を3月に観た後、同賞最多の7部門受賞の本作品は、4月になって観に行くつもりが行きそびれ、最寄りの映画館では今日が上映最終日だった。


 第81回ゴールデングローブ賞最多5部門受賞、第96回アカデミー賞で7部門で受賞するなど世界で注目を集めているクリストファー・ノーラン監督最新作。原爆を開発した米国人物理学者の半生を描いた映画『オッペンハイマー』が、2023年7月21日より全米公開され、約8ヵ月遅れて 今年3月29日から日本で公開された。被爆の実情を知ったオッペンハイマーが苦悩し、核軍拡競争を懸念する姿を描いた。一方で、原爆を落とされた広島、長崎の惨状が映像として伝えられていないなど批判も多い。

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 原子爆弾の開発に成功したことで「原爆の父」と呼ばれたアメリカの天才科学者ロバート・オッペンハイマーを題材に描いた伝記映画。2006年ピュリッツァー賞を受賞した、カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによるノンフィクション「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」を下敷きに、オッペンハイマーの栄光と挫折、苦悩と没落の生涯を実話にもとづいて描く。

 「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」<上・下巻>

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 第二次世界大戦下、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府の極秘プロジェクト「マンハッタン計画」において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。彼は、多くの優秀な科学者たちを率いて、世界初となる原子爆弾の開発に成功する。

 しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、実戦で投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対する。冷戦、赤狩り、激動の時代の波に、オッペンハイマーはのまれてゆくのだった。

 

 オッペンハイマー役は、ノーラン作品常連の俳優キリアン・マーフィ。妻キティをエミリー・ブラント、原子力委員会議長のルイス・ストロースをロバート・ダウニー・Jr.が演じる。第96回アカデミー賞では同年度最多となる13部門にノミネートされ、作品賞、監督賞(クリストファー・ノーラン)、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞を果たした。

 左から、クリストファー・ノーラン、キリアン・マーフィ、エミリー・ブラント、ロバート・ダウニー・Jr. 出典:ウキメディア・コモンズ

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 オッペンハイマーは、ドイツからのユダヤ系移民の子としてニューヨークで1904年に生まれた。母もユダヤ系の画家。弟のフランク・オッペンハイマーも物理学者。父は、起業家として成功していたため、オッペンハイマーは裕福な幼少期を過ごした。子供の頃から鉱物や地質学に興味を持ち、数学や化学、詩や数ヶ国の言語を学んだ。最終的には6カ国語を話した。一方で運動神経にはあまり優れず、同世代の子供たちと遊ぶことはあまりなかった

 ハーバード大学に入学し、化学を専攻。1925年に優秀な成績を修めてわずか3年で、かつ首席で卒業した。イギリスのケンブリッジ大学に留学し、物理学や化学を学んだ。ここでニールス・ボーアと出会う。実験を伴う化学が苦手で、理論中心の物理学の世界へと入っていく。彼は実験物理学が発展していたケンブリッジから、理論物理学が発展していたゲッティンゲン大学へ移籍して、博士号を取得した。

 ゲッティンゲン大学での業績には、マックス・ボルンとの共同研究による分子を量子力学的に扱う「ボルン-オッペンハイマー近似」がある。1929年には若くして カリフォルニア大学バークレー校やカリフォルニア工科大学の物理学の助教授となった。1936年には両大学の教授、1930年代末には宇宙物理学の領域で、ブラックホールの研究を行っていた。

 第二次世界大戦が勃発すると、1942年には原子爆弾開発を目指す「マンハッタン計画」が開始される。1943年、ルーズベルト大統領は原爆開発にあたって、優秀な化学者や物理学者が必要であると判断し、ロスアラモスの地に国立研究所を設立、そこへ名だたる優秀な化学者、物理学者を集めた。オッペンハイマーは、ロスアラモス国立研究所の初代所長に任命され、原爆製造研究チームを主導した。

 チームは、世界で最初の原爆を開発し、ニューメキシコで核実験、その後、広島・長崎に投下されることになった。終戦後、オッペンハイマーはその罪を悔い、核兵器撲滅を訴える活動を展開する。「マンハッタン計画」に参加した科学者たちは、終戦後も水爆実験などを積極的に実施したため、オッペンハイマーは彼らと対立。この核兵器廃絶運動にはアインシュタインも賛同、オッペンハイマーも信念を曲げることなく、核廃絶に向けて活動していくのだった。

 オッペンハイマー(1944年頃) アインシュタイン(左)とオッペンハイマー(右) 出典:ウキメディア・コモンズ

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 この映画には、カラー映像になったりモノクロ映像に変わったり、2つの映像が出てくることが、映画を観た後で気がつく。カラーがオッペンハイマーの視点、モノクロが原子力委員会議長のストローズの視点だそうだ。そして映画は時系列通りでなく、2つの視点が目まぐるしく入れ替わるので、どの時代を描いているのかがわからなくなる。この映画は、3回観るとよく分かるという人もいるくらい、わかりにくい。

  以下5枚の写真は、映画『オッペンハイマー』のパンフより転載。

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 マンハッタン計画の開始当初は、ユダヤ人であるオッペンハイマーは、原爆をナチスや敵国よりも早く開発することが重要だと感じていた。同時にこの研究が、殺戮を引き起こす可能性もよく理解していたようだった。しかし、原爆の投下がナチスではなく日本であり、自身の予想を超える悲惨な結果を目の当たりにし、強い罪悪感にさいなまれる。彼は戦後、さらなる強力な核兵器「水爆」開発を制限するよう訴えるなど、大きく考え方を変える。

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 「水爆」開発に反対し、協力しないオッペンハイマーは、冷戦下に吹き荒れた「赤狩り」を背景にソ連のスパイ容疑をかけられる。「機密保持許可」(セキュリティ・クリアランス、国の機密情報にアクセスできる許可や資格)を問う「聴聞会」で連日取り調べられる。オッペンハイマーの妻、かつての恋人、弟、友人らが共産党とつながりがあり、過去に彼自身も共産党の集会に参加していたからだった。アメリカの核兵器開発を否定することは、ソ連の核兵器開発を利するともみなされた。

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 オッペンハイマーは「原子力委員会」に顧問として参加していたが、「聴聞会」での追及で「機密保持許可」は、1954年に取り消されることになり、政府公職からの追放が決定した。危険人物と断定され、研究も続けられないため事実上のキャリアは終了、没落の人生を歩む。1967年2月18日、62歳で死去した。映画では、この「聴聞会」のシーンが多く出てきて、テンポも速く、理解するのに疲れてくる。

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 主神ゼウスの火を盗んで、人に与えて鎖でつながれたギリシャ神話の神・プロメテウスの話が出てくる。プロメテウスは、神々の意志に反して人間に火を与え、その結果、人類の文明発展に貢献したが、ゼウスによって厳しい罰を受けた。この物語は、オッペンハイマーとプロメテウスを重ね合わせているのだ。このことは、「科学が果たす、創造・恩恵と危険・破壊」を意味している。本作の原作書籍のタイトルには、オッペンハイマーを「American Prometheus」と表現されている。

 米エネルギー省は2022年12月16日、核兵器を開発する「マンハッタン計画」を率いて「原爆の父」と呼ばれた物理学者ロバート・オッペンハイマー博士を公職から追放することになった1954年の処分を撤回したと発表した。理由について「処分の経過で偏見と不公正さを示す証拠が明らかになった」とした。同省のグランホルム長官は68年ぶりの処分撤回について、「歴史の記録を正し、オッペンハイマー氏の国防と科学事業への貢献をたたえる責任がある」と述べた。

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