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2020年7月の5件の投稿

2020年7月18日 (土)

佐原の町並みと香取神宮

 2020年7月14日(火)、千葉県香取市。「小江戸佐原の町並み」と「香取神宮」を巡る。

 

 朝から小雨、ハイエースワゴンで7:05出発。圏央道神崎ICを降り、利根川沿いの356号線を東へ向かい香取市へ。

 9:10、「佐原町並み観光駐車場」に到着。駐車料金:1日500円。佐原に来たのは、これで3回目。

 ここは、伊能忠敬記念館の裏手の空き地。測量地の緯度を求めるために、北極星などの角度を観測した象限儀(レプリカ)が展示されている。

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 新型コロナの緊急事態宣言が解除されて1ヶ月半以上が経つが、観光客はまばら。9:25、予約していたボランティアガイドと合流。

 小野川に架かる「樋橋(といばし)」を渡る。観光船が停泊している乗船場が、伊能忠敬旧宅の前の「だし」と呼ばれた荷上場。

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 「樋橋」は、もとは佐原村の用水を小野川東岸から対岸の水田に送るため、江戸時代前期に造られ、300年近く使われていた大樋(おおどい)。戦前にはコンクリートの橋になり、大樋は橋の下側につけられた。大樋を流れる水が、小野川にあふれ落ちて「ジャージャー」と音を立てるので、「じゃあじゃあ橋」の通称で親しまれている。

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 今の橋は観光用に造られたもので、30分ごとに落水させている。水の音は「残したい日本の音風景100選」に選ばれているという。
 

●伊能忠敬旧宅 9:30~ 

 左手の「佐野屋」の右が「伊能忠敬旧宅」の店舗。左手に正門がある。国指定史跡。

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 店舗と正門は、忠敬が婿養子に入る以前に建てられていた。佐原でも古い時代の建物。

 正門を抜けて、裏から店舗の中に入り、ボランティアガイドから伊能忠敬の生い立ちと佐原時代の話を聞く。

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 忠敬は、延享2年(1745年)現在の千葉県九十九里町で生まれる。横芝光町で青年時代を過ごし、17歳で婿入り(妻ミチは22歳)して伊能家当主となる。佐原で家業のほか、名主や村方後見として活躍した。

 この家は、伊能忠敬が17歳から50歳まで30年余りを過ごした家。醸造業などを営んでいた伊能家の土蔵造りの店舗のほか、炊事場、書院、土蔵が残っている。下の写真は、書院。

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 現存する土蔵では、佐原でも最も古い時期の建物。文政4年(1821年)の修理銘が残る。扉は観音開きが普及する前の土の引戸。

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 家訓書碑。寛政3年(1791年)、忠敬は次のような家訓をしたためて長男・景敬に渡した。 寛政6年(1794年)、49歳で隠居する。

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 第一 仮にも偽をせず、孝弟忠信にして正直たるべし
 <かりそめにも人を欺(あざむ)く事をせず、親に孝行、兄弟仲良く、人には真心を尽くし正直にしなさい>
   第二 身の上の人ハ勿論、身下の人にても教訓異見あらば急度相用堅く守るべし
 <目上の人はもろん、目下の人の言う事でもなるほどと思ったら、取り入れる様にしなさい>
   第三 篤敬謙譲とて言語進退を寛容に諸事謙り敬み、少も人と争論など成べからず
 < 篤敬(人情厚く慎み深い)・謙譲(へりくだり)というように、物の言い方や動作を寛容に、全ての事にへりくだってつつしみ、決して人と争いなどしてはいけない>

 息子に残した言葉とはいえ、自分自身がそうやって生きて来たことは凄い。

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  寛政7年(1795年)、50歳で 江戸に出て幕府の天文方・高橋至時(よしとき)に暦学天文を学ぶ。寛政12年(1800年)~文化13年(1816年)の55歳~71歳まで、第10次に渡り全国を測量。文化15年(1818年)、73歳で死去する。喪を秘して、弟子達が地図製作を続行し、文政4年(1821年)に 『大日本沿海輿地全図』が完成した。その3ヶ月後に喪を公表。
 

●伊能忠敬記念館 10:00~10:50

 「伊能忠敬旧宅」の川向かいにある「伊能忠敬記念館」を見学。マスク着用、手指消毒、連絡先の報告のコロナ対策をして入館。入館料:大人450円。前回来館時もそうだったが、館内は写真撮影禁止で残念だ。

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 入館券の左は、記念館の建物。右は伊能忠敬唯一の肖像画『伊能忠敬像』。忠敬死後、孫の忠誨(ただのり)が『大日本沿海輿地全図』を幕府に献上するときに、忠敬の弟子に描かせたものとされる。

 記念館は、忠敬の人生を年代順の資料とその業績である「伊能図」を紹介している。当館所蔵の「伊能忠敬関係資料」2,345点は、国宝指定。

 ①佐原時代;伊能忠敬50歳までの前半生を紹介 (以下3枚の写真は、「伊能忠敬記念館」のパンフレットより転載)

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 忠敬は、佐原の名主や村方後見を務め、家業では醸造業等を営んでいた。34歳の時の妻ミチとの旅行では、神社仏閣を訪ねる旅だった。しかし48歳の時の伊勢神宮への旅では、緯度・方位観測を行っており、このころから天文や暦学への興味をいだいていたという。

 ②全国測量;隠居してからの勉学と全国測量の行程を紹介

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 50歳で江戸で、幕府天文方の高橋至時の弟子になり、本格的な勉強を始めた。55歳で北海道南岸の測量を行い、以後計10回に及ぶ日本全国の測量を71歳まで行った。73歳で亡くなるが、没後3年にして日本全図は完成した。

③伊能図の完成;伊能図の数々を紹介

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 伊能図には、1821年完成の『大日本沿海輿地全図』(大図214枚、中図8枚、小図3枚)のほか、測量ごとに作った地図や名勝地を描いたものなど、多くの種類がある。いずれの地図も正確で、芸術的な美しさも備えているそうだ。

 ④地図の世界;日本地図の歴史や、楽しい世界の地図を紹介 (写真なし)

 19世紀以前において、ヨーロッパの人々が日本の姿をどのように見ていたのか。また、日本人は自分の国の姿をどのように理解していたのか。その時の時代観、宗教観、目的によって異なる様々な地図を紹介。

 10:50~ 佐原町並みを散策。香取街道(県道55号線)が小野川に架かる「忠敬橋(ちゅうけいばし)」を渡り、「樋橋」の方向を望む。

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 香取街道と小野川沿いの道が交差する角、つまり「忠敬橋」のたもとに「中村屋商店」がある。「中村屋商店」は、代々荒物・雑貨などを商ってきた商家で、安政2年(1855)に建築されたと伝えられる店舗兼住宅と土蔵は、県指定有形文化財(建造物)に指定。

 写真の「中村屋商店」はGoogleマップから転載。

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 現在の「中村屋商店」は、「佐原商家町ホテルNIPPONIA」のフロント兼レストランに生まれ変わった。佐原商家町ホテルは、町全体をホテルに見立てて、町にある歴史的建造物を改修した客室が6棟が点在する。

 「中村屋商店」から香取街道を東に100mほど先に、佐原を代表する赤煉瓦の洋風建築「三菱館」(旧三菱銀行佐原支店)がある。修理中で全体が工事ネットで覆われ、写真が撮れなかった。下の写真は、Googleマップから転載。

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 川崎銀行佐原支店として、明治13年に日本橋の本店と同時に開業。現在は市に寄贈され、観光用として活用されている。千葉県有形文化財。


●佐原町並み交流館 11:00~

 「三菱館」の左隣りの建物が、「佐原町並み交流館」。佐原の町並み保存活動の推進、観光客の案内(ボランティアガイド)、市民の研修・体験学習・交流の場として活用されている。

 館内には、佐原の三つ宝である伊能忠敬・佐原の町並み・佐原の祭りなどの写真や資料が展示物されている。

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 左の「正文堂」書店、その隣は「福新呉服店」、右端は蕎麦屋の「小堀屋本店」の模型。いずれも千葉県有形文化財。

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 「正文堂」は、江戸時代からの本の販売・出版の店。黒塗りの土蔵造りの建物は、登り龍・下り龍を配した看板が目を引く。「福新呉服店」は、文化元年(1804年)の創業、佐原で八代目の老舗。火災に備え前面と側面は土蔵造り。いずれも明治時代の建築。「小堀屋本店」は、後述する。

 

●正上醤油店 11:15~

 江戸時代より醤油の醸造をしていた店で、店舗は天保3年(1832年)の建築、江戸時代の面影を残している。

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 「正上醤油店」の店舗の左手の蔵は、明治初期の建築。黒い漆喰(しっくい)の蔵は、煤(すす)を漆喰に練り込み、白壁に薄く塗った後、絹布や素手で磨き上げるという。店舗の間口の大きさや、手間をかけた漆黒の”粋”な江戸黒(黒漆喰)の蔵は、大富豪である事の証だったようだ。千葉県有形文化財。更にその左の建物で、戦後は佃煮の製造販売をしている。ここで「利根の佃煮」(760円)を購入。

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●さわら町屋館 11:30~11:35   

 「さわら町屋館」(上川岸小公園)は、観光客の休憩所。

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 ここで休憩後、「八坂神社」へ移動。この頃、小雨は止む。

 「八坂神社」は、佐原の本宿地区の総鎮守で、「佐原の大祭」(祇園祭)で知られる。旧社格は村社。

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●水郷佐原山車会館 11:40~12:15 

 「八坂神社」の境内の一角に、佐原の祭りのシンボルである山車や祭りに関する資料を展示した「水郷佐原山車会館」が建っている。

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 入館料:大人400円、「伊能忠敬記念館」との共通入館券は、大人800円。

 佐原の南北を流れる小野川の東側を本宿(ほんじゅく)、西側が新宿(しんじゅく)と呼ばれる。「佐原の大祭」は、本宿の鎮守である「八坂神社」と新宿の鎮守である「諏訪神社」の両社の祭礼行事。7月に八坂神社の夏祭り(祇園祭)、10月に諏訪神社秋祭りが行われる。山車は24台あり、夏祭りに10台、秋祭りには14台の豪華な山車が「佐原囃子」の調べにのって氏子区内を曳き回される。

 1階のシアターで、「佐原の祭り」を紹介した10数分のビデオ映写を鑑賞した後、1階展示室へ。

・吹き抜けの山車展示室

 手前は新橋本区の小野道風の山車、奥は川岸区の天鈿女命(あまのうずめ)の山車。

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 総欅造りの本体に、名工による関東彫りの重厚で豪華な彫刻が施された山車、大人形が乗って高さ9mにも及ぶ。

・2階展示室 彫刻、額、笛、太鼓、皷等の展示。 

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・3階展示室 「山車人形の迫(せ)り出し仕掛け」とは、大人形を山車から昇降させる装置。

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 浦嶋太郎の大人形。間近に見るとその大きさを実感する。

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 佐原で最古の大人形・猿田彦(天狗)は、1739年(江戸中期)の制作。

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 2004年(平成16年)に「佐原の山車行事」が、国の重要無形民俗文化財に指定。また2016年(平成28年)に佐原の祭りを含む山車が巡行する日本の祭33件の「山・鉾・屋台行事」が、ユネスコ無形文化遺産に登録された。 

 ボランティアガイドと別れ、そば処の「小堀屋本店」に入店。

●小堀屋本店 12:20~12:50

 創業は天明2年(1782年)、切妻平入瓦葺きの建物で、奥の土蔵には蕎麦作りの秘伝書や道具類が残っていたそうだ。建物は木造2階建で、店舗、調理場、土蔵が一体となった明治時代の形式をそのまま残している。表のガラス戸は、明治35年に佐原で初めて使われたものだそうだ。

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  この店の人気の「黒切蕎麦」1,100円を注文。漆黒の蕎麦は、日高昆布を練り込んだ江戸時代から続く逸品。イカ墨スパゲッティのように見えるが、ほのかに昆布の香りがして美味しい。
 

●東薫酒造 13:00~13:20 

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  この酒蔵は、伊能家に弟子入りして酒造業を習得し、文政8年(1825年)に創業したという。この地は、利根川の船便と水郷地帯の良質の早場米と良質な水、酒造りに好適な条件のもとで約190年の歴史と伝統を誇る。全国新酒品評会で、数多くの金賞を受賞したという「大吟醸 叶(かのう)」が代表銘柄、ほかに「二人静 吟醸酒」など。蔵の中では、昔の酒造り道具の展示や酒造りの様子は見学できなかったが、試飲を楽しむ。

 「佐原町並み観光駐車場」に戻り、13:30車で出発。県道55号線を東に、「香取神宮」へ向かう。
 

●香取神宮 13:45~14:40

 コロナ禍の時期、参拝客も少なく、参道の商店はシャッターが目立つ。

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 参道正面にある朱塗りの第二の大鳥居。

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 大鳥居をくぐると、石灯籠が並びうっそうと茂った樹木に覆われた玉砂利の参道。S字にカーブして、緩やかな坂道を登る。

 石段を上がると総門、次に楼門がある。楼門は本殿同様、元禄13年(1700年)に造営、昭和52年(1977年)国の重文に指定。楼上の額は、東郷平八郎の筆によるという。

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 本殿(拝殿)に到着。屋根は檜皮葺(ひわだぶき)、黒塗りを基調に極彩色飾りの建物、どっしりした重厚さに圧倒される。

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 「香取神宮」は、全国に約400社ある香取神社の総本社。神武天皇18年(紀元前644年に相当、縄文時代か??)の創建と伝わる日本屈指の名社。本殿は元禄13年(1700年)に徳川幕府の手で造営され、昭和52年(1977年)国の重文に指定。

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 下総国(現在の千葉県)の一の宮。旧社格は官幣大社。明治以前から「神宮」の称号を与えられた。関東で「神宮」は、明治神宮、鹿島神宮、香取神宮の3社のみである。 経津主神(ふつぬしのかみ)を祭神とする。

 経津主神は、『日本書紀』で建御雷神(たけみがづちのかみ、鹿島神宮の祭神)とともに出雲へ派遣され、大国主神(おおぬしのかみ)の国譲りの際に活躍する経津主神(ふつぬしのかみ)を祭神とする。経津主神のまたの名は、伊波比主神(いはいぬしのかみ)。

 御神木は、拝殿前に立つ大杉で、樹齢は1,000年といわれる。

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 要石(かなめいし)は、境内西方に位置する霊石。

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 この地方は古くから地震が多く、これは地中にいる大きなナマズが騒いでいると考えられていた。香取・鹿島両神宮の神様は、地中に深く石棒を差し込み、大ナマズの頭と尾を刺し通したという。当神宮は凸形、鹿島は凹形で地上に一部を現し、深さ幾十尺と伝えられている。貞享元年(1684年)水戸光圀公が当神宮を参拝した際、要石の周りを掘らせたが根元を見ることが出来なかったと伝えられている。 

 旧参道の中程に奥宮(おくのみや)がある。経津主神の荒魂(あらみたま、荒ぶる魂)を祀る。現在の社殿は、昭和48年(1973年)伊勢神宮の遷宮の古材によるもの。

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 駐車場に戻り、14:40香取神宮を出発、帰路へ。17:00  自宅着。
  

 「佐原の町並み」と「香取神宮」は、過去2回ほど来たことがある。本ブログの関連記事は次の通り。

 「水郷の佐原と潮来」 2015年06月16日投稿
   http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-b018.html

 「あやめの潮来と小江戸佐原」 2016年07月01日投稿
   http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-32d9.html

  

 ★ ★ ★

●佐原の町並み

 「佐原の町並み」は、香取市佐原の市街地に歴史的建造物が数多く残る。佐原は、江戸時代から大正時代まで、利根川下流域随一の河港として、商家町として栄え、古くから「北総の小江戸」、「水郷の町」と称された。1996年に関東地方で初めて重要伝統的建造物群保存地区として選定された。

 町中にあった「佐原の町並」という説明板を見て、佐原という町のポイントをよく理解できる。

 『利根川図志』(1855年)に「佐原は、下利根附第一繁昌の地なり、村の中程に川有りて、新宿本宿の間に橋を架す(大橋という)、米穀諸荷物の揚げさげ、旅人の船、川口より此所(ここ)まで先をあらそい、両岸の狭きをうらみ、誠に、水陸往来の群集、昼夜止む時なし」と記してある。

 江戸時代の佐原は「小江戸」と呼ばれ、この周辺の町並には、国指定史跡伊能忠敬旧宅や県指定有形文化財小堀屋本店店舗、正文堂書店店舗をはじめ、土蔵造りの古い商家がある。

 また、関東三大祭りの一つとして数えられる「佐原まつり」は、豪華絢爛を競い、山車で奏される県指定無形民俗文化財佐原囃子は水郷情緒を代表するものである。

 昭和60年6月15日 県民の日 佐原市


●海獣葡萄鏡

 「香取神宮」は、国宝​「海獣葡萄鏡」を所蔵する。直径29.6cm、縁の高さ2cm、重量537.5gの白銅質の大型円鏡。葡萄の果実と葉を交互に配し、蔓をからませた文様を地文として、海獣(または獅子?)のつまみを中心に獅子・馬・鹿・麒麟などの獣や孔雀・鴛鴦(オシドリ)・鳳凰・鶏などの鳥、さらには昆虫などを配しているという。

 東大寺「正倉院」にも同じ形の鏡(同じ鋳型から造った物ではないらしい)があり、中国・唐の時代で流行った海獣葡萄鏡の中でも典型的な一品だそうだ。8世紀に中国から持ち込まれ、一つは聖武天皇の遺品だったのか「正倉院」へ、もう一つは東国の古社「香取神宮」の秘宝として伝えられた。明治時代までは、神鏡として本殿内陣に秘蔵されていた。「正倉院」の御物と「大山祇神社」(愛媛県)の神鏡とを合わせて『日本三銘鏡』と称され、1953年(昭和28年)に国宝に指定。千葉県の工芸品で唯一の国宝。現在は当神宮の「宝物館」で展示されているそうだ。 

 「香取神宮」の​「海獣葡萄鏡」が「正倉院」にある鏡と同形であることは、「香取神宮」が東国における重要な位置づけだったこととして興味深い。そもそも「鹿島神宮」と「香取神宮」は古来から関係が深く、ヤマト政権による東北(蝦夷)進出への拠点とされていた。平安時代の『延喜式』で「神宮」と記されたのは、「大神宮」(伊勢神宮内宮)、「鹿島神宮」、「香取神宮」の3社のみであったという。鹿島・香取の両神宮には、毎年朝廷から勅使の派遣があった。伊勢や近畿を除く地方の神社で勅使派遣は「宇佐神宮」(6年に1度)にしかなく、毎年派遣された鹿島・香取の両神宮は、極めて特別なことだったらしい。

2020年7月 7日 (火)

かみつけの里博物館と観音塚考古資料館

 2020年6月28日(日)、群馬県の古墳めぐりで、高崎市の「かみつけの里博物館」と「観音塚高校資料館」を観覧する。

 

 午前中に「群馬県立歴史博物館」(高崎市綿貫町)を観覧した後、14:40同市井出町の 「かみつけの里博物館」に到着。
 

●かみつけの里博物館(高崎市井出町) 14:40~15:00

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 「かみつけの里博物館」の周囲は、広大な「上毛野はにわの里公園」となっていて、園内には「八幡塚古墳」、「双子山古墳」、土屋文明文学館、はにわ工房などの遺跡や施設がある。

 《エントランスの展示》

 保渡田古墳群「八幡塚古墳」の舟形石棺の実物大模型。

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 石をくりぬいて作り、直方体よりも両端が斜めに切られた形状で舟に似ている。運搬のための縄かけの突起を備える。内部は魔除けにため赤く塗られていた。実物は「八幡塚古墳」の後円部の地下室に展示されている。古墳時代の石棺は、長持形石棺、舟形石棺、竹割型石棺、家形石棺、箱形石棺などがあった。

 床に描かれた榛名山の二ツ岳火口の噴火地図。赤城山と同様に榛名山という山は、いくつかの峰の総称で、同名の峰はない。

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 埴輪円筒棺は、円筒埴輪を棺(ひつぎ)に転用した墓。石はすべて川原石。

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 埴輪円筒棺の多くは、古墳の近く(墳丘裾部,または周濠外堤など)から発掘されるので、古墳の被葬者の従属的な地位を示す追葬用として使われたと考えられている。

 竪穴系小石棺は、榛名山の噴火でできた石を使用。

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 この石棺の多くは古墳から離れた場所で発掘され、被葬者の身分は低いと考えられている。小さいため、子供の墓? 骨にしてから埋葬?

 1981年上越新幹線建設で発掘された「三ツ寺Ⅰ遺跡」」(高崎市ミツ寺町)の発掘当時の模型。右手が北の方角。

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 左右に走る県道10号線(前橋安中富岡線)と、左から右上に伸びる工事中の上越新幹線が交差する付近が遺跡。居館跡は内側に1mの盛土が施された一辺約86mの方形で、周囲を幅30~40m、深さ約3~4mの濠を巡らせ、更に濠の内縁には石垣が築かれていた。

 

《常設展示室》 次の9つのコーナーで構成されている。

 ①よみがえる5世紀 ②王の館を探る ③王の姿を探る ④王の墓を探る ⑤広がる小区画水田 ⑥火山灰に埋もれたムラ ⑦海の向こうからきた人たち ⑧埴輪に秘められた物語 ⑨埴輪の人・動物・もの。

 常設展示室内の様子。

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 ①よみがえる5世紀/榛名山東南麓の古墳社会復元模型(上の写真の中央部)。

 榛名山の2度にわたる火山災害に遭った東南麓には、東日本有数の勢力を誇る豪族(王)の本拠地があった。1500年前、豪族の館である「三ツ寺I遺跡」と周囲の住居、保渡田古墳群などが再現されている(縮尺1/500)。写真の右上の方が、榛名山。

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 ②王の館/「三ツ寺Ⅰ遺跡」復元模型。

 日本で最初に発見された古墳時代の豪族の館跡(縮尺1/100)で、日本最大級。上越新幹線建設の際に発掘、今は新幹線や道路の下に埋め戻されている。 

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 日本を代表する豪族(王)の居館「三ツ寺Ⅰ遺跡」と「北谷(きたやつ)遺跡」(高崎市間引町)から出土した遺物群。

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 「北谷遺跡」は、「三ツ寺Ⅰ遺跡」と同時期、同規模の豪族館跡で、2000年に民間開発の時に発掘された。

 ③王の姿を知る。

 全国の5世紀の前方後円墳分布図が展示。三ツ寺の王や上毛野地域が、日本、また東アジアの中でどのような位置を占めていたのかを探る。

 ④王の墓を知る。

 この博物館に隣接する保渡田古墳群の「八幡塚古墳」の築造時の風景。葺石(ふきいし)の設置、後円部へ石棺の搬入、窯場から円筒埴輪の搬入の様子を再現。保渡田古墳群は、榛名山東南麓でこの一帯を治めた「三ツ寺Ⅰ遺跡」の豪族(王)たちの墓所。

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 ⑤広がる小区画水田/古墳時代の水田復元模型。

 畳2枚ほどに区画されたミニ水田の初夏(田植え前後)の様子。榛名山の噴火によって火山灰で埋もれた地表や遺跡を元に再現。

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 ⑥火山灰に埋もれたムラ/古墳時代の榛名山東南麓のモデルムラ

 火山灰に埋もれていた下芝遺跡群などの発掘データを元に、ムラの姿を再現。竪穴住居に柵で囲まれた作業小屋、作業小屋や家畜小屋。周りに広がる畑では、ヒエ、アワ、キビ、イモなど根菜を栽培していた。

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 ⑦海の向こうからきた人たち

 「下芝谷ツ(しもしばやつ)古墳」から発見された日本最古の飾履(しょくり、金のクツ)の展示のほか、様々な渡来系文化を紹介。

 朝鮮半島で王の埋葬時に使われる「金銅製の飾履」(復元模型)の展示品は、写真を取り損ねた。出典:「ジパング倶楽部」2020年4月号

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 ⑧埴輪に秘められた物語

 保渡田Ⅶ遺跡から出土したはにわ群を中心に様々な埴輪を展示。

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 ⑨埴輪の人・動物・もの

 盃を差し出す高貴な女子、甲冑で武装した男子、家形埴輪。

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 15:00~15:40、博物館に隣接した「八幡塚古墳」と「二子山古墳」を見学。

  本ブログ記事「群馬の古墳めぐり」を参照。

 

 ●観音塚考古資料館 16:05~16:20

 16:05、「観音塚考古資料館」(高崎市八幡町)に到着。すでに閉館(16:00?)していたが、特別に開けて貰って観覧する。

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 この資料館は、100mほど北にある「観音塚古墳」で未盗掘で発見された30種類、約300点の副葬品が主に展示されている。

 日本画「古代・若田原のあけぼの」(高崎市若田町)は、若田原遺跡群(資料館から北へ1km)の古代想像図。作者名は確認できず。

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 朝鮮半島から技術が伝えられたという「韓式系土器」が多数出土した。

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 渡来系遺物が多く出土することから、群馬県に多くの渡来人が存在していたことが推測される。

 剣崎長瀞西遺跡から出土した鉄製くつわ(馬の口にかませる金具)は、県指定重文 。

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 朝鮮半島からもたらされた黄金色に輝く承台付(うけだいつき)の銅碗(どうわん)が2セット出土。

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 1セットは、蓋(ふた)、碗、受け皿の3点からなる。仏具に似た形状の端正な姿で、6世紀に伝来した仏教の影響か。

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 「観音塚古墳の出土品で最も多い馬具。材質も銀・銅・金銅(銅に金メッキ)・鉄・木・鹿角・革など多様。馬の装飾具。馬を所有する事は、財力と権威の象徴だったので、古墳に馬具が多く埋葬され、馬の埴輪が多く並べられた。

 鏡板は、馬を操作するための轡(くつわ)に付属する金具で、鐘形・花形・心葉形といった多様な形状をもつ。

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 鞍金具は鞍や鐙(あぶみ)等の付属する金具、その革ベルトや金属の鎖に使われる金具など、多種にわたる。

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 雲珠(うず)、辻金具(つじかなぐ)は、馬の身体に装着するベルトが交差する部分に使用する金具。銅や鉄に金メッキし、鈴が取り付けられたりした。

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 馬具は、現代の馬の装備や機能とさほど変わらないという。古代人が馬を制御する技術の高さ、馬具の機能や装飾への美的感覚が、現代人と基本的には変わらないことに驚く。

 修羅(しゅら)の模型。修羅は、古墳に使う巨石を運ぶ木のソリ。

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 中原Ⅱ遺跡(高崎市吉井町)の1号墳(円墳)の模型。三段の墳丘は、直径24m、高さ4m。埋葬施設は、両袖の横穴式石室で、全長7.8m。

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 方墳の下芝谷ツ古墳(高崎市箕郷町)は、二段の方墳。一辺が約20m、高さ4.2m、葺き石で覆われている。石室は、竪穴式石室。渡来人のリーダー格の墓と考えられているという。

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 武具、工具。鉄鏃(てつぞく)は、矢の先端に取り付ける鉄の鏃(やじり)で、古墳時代の鏃はほとんど鉄製だった。

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 金属容器の金具や耳環(イヤリング)など装飾具。

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 観音塚古墳から4つの青銅製の鏡が発掘された。弥生時代に中国からもたらされ、古墳時代には多く埋葬された銅鏡は、所有者の権力を象徴する呪術性の高い祭器だった。

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 観音塚古墳に副葬されていた大刀(たち)のうち、3点が原形をとどめている。出典:「観音塚考古資料館」のパンフ。

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 中央の銀装鶏冠頭大刀(ぎんそうけいかんとうたち)の柄頭(つかがしら)。鶏冠頭大刀は、柄頭が鶏冠(とさか)のような形状を呈する装飾付き、儀仗の大刀。出典:同上資料館の歴史カード。

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 比べてわかる古墳の大きさ。日本最大の「大仙(だいせん)古墳」(堺市、仁徳天皇陵)の全長は486m、群馬県最大の「太田天神山古墳」(大田市)は210m。

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 巨大古墳は、奈良県、大阪府が上位のほとんどを占める。奈良県・大阪府以外では、全国4位「造山古墳」( 岡山市、350m)、10位「作山古墳」(岡山県総社市、286m)で、次が群馬県最大の「太田天神山古墳」(大田市、210m)は28位。

 群馬県内の古墳の大きさベスト20。(写真をクリックすると拡大表示)

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 この後16:25、資料館の100mほど近くの「観音塚古墳」に見学に行く。

 16:40、資料館の駐車場を出発。帰路は前橋ICから関越道へ。

 18:20、帰宅。

 

 ★ ★ ★

●群馬の古墳は、1万3千基

 2017年4月18日の毎日新聞によると、

 群馬県教委が2012年度から実施してきた古墳総合調査の最終報告がまとまった。県内の古墳の総数は1万3249基で、そのうち2434基(速報値)が現存していることが分かった。県教委によると、古墳総数は、東日本では千葉県に次ぎ2番目に多く、規模などの「質」では「東日本随一」という。
 (中略)
 市町村別では、高崎市が2741基(現存639基)で最多。以下、太田市1605基(現存178基)▽前橋市1542基(現存139基)▽藤岡市1511基(現存1444基)が続く。

 群馬県は、この古墳総合調査をまとめた「群馬県古墳総覧」を2017年に刊行したという。1万3,000基あまりの全古墳の詳細データが網羅されており、主要な古墳については、発掘調査時の写真等も掲載されているそうだ。

 文化庁のデータでは、消滅も含め全国で16万基あるそうだ。文化庁の『平成28年度(2016年度)周知の埋蔵文化財包蔵地数』で現存と消滅の「古墳・横穴」を合計した総数は、159,636基。都道府県別では、群馬県は11位の3,993基。群馬県の調査で、本当に1万3千基もあったのだろうか。その差異は何だろうか。
 

●古墳王国の群馬

 古墳時代(3世紀後半~6世紀末)の上毛野(現在の群馬県)の特徴は、以下のように思われる。

 上野毛は当時、東国で最も先端の文化が栄え、先端技術や強力な軍事力を持つ複数の勢力が存在していたと考えられている。豊富な水源と肥沃な大地は豊かな食糧を生産し、国力を高めた。当時の交通は、海路や川を利用する水運が主流で、日本海と大平洋の中間に位置する群馬は交通の要衝でもあった。またヤマト王権にとっては、異民族と見なしていた東北地方の蝦夷(えみし)に対抗するため、上毛野国の豪族と密接な関係を作りたかった。

 ヤマト政権は、朝鮮半島や中国とも交流があり、当時は最先端の技術を持つ先進国家だった。地方の豪族と同盟を結ぶため、馬の生産や鉄の鍛冶(かじ)や窯業などの技術を伝えた。そのなかでも最大の技術が、前方後円墳の築造技術だった。「長持形石棺」や「両袖形横穴式石室」は、大王(おおきみ、ヤマト王権の首長)クラスしか埋葬することができないとされるが、畿内以外でこの最高位のタイプの古墳は、上毛野国に多く存在する。畿内の専門の工人が特別に当地に派遣され、その有力豪族のために製造(石材は当地で調達)と考えられている。

 「お富士山古墳」出土の長持形石棺(複製)国立歴史民俗博物館展示 出典:ウキペディアコモンズ

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 長持形石棺は、関東では「太田天神山古墳」と「お富士山古墳」の2基しかない。「お富士山古墳」(群馬県伊勢崎市)は5世紀中頃、全長125mの前方後円墳。墳丘は両毛線により前方部の一部が切断されているが、三段築成で葺石がある。砂岩の長持形石棺は、墳頂にある富士神社の社殿造営の際に出土したそうだ。「太田天神山古墳」(群馬県太田市)は、5世紀前半~中頃、前方部の外堀を東武小泉線が横断するもの、墳丘は三段築成で葺石が認められる。墳丘長約210mは、全国28位の大きさで、東日本では最大規模である。墳丘周囲には二重の周濠、くびれ部には天満宮の祠が鎮座し、古墳名はその神社から由来する。未調査のため、長持形石棺の使用が認められるほかは詳細不明。

 「お冨士山古墳」(群馬県伊勢崎市) 出典:ウキペディア・コモンズ

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 船形石棺は、長持形石棺の被葬者のようにヤマト王権と同等ではない、次のランクの王の棺とされている。それでもその地域における支配者だったことに疑いはない。前方後円墳はヤマト王権の承認なしには造れなかったそうだ。ゆるやかな序列もあって、豪族の勢力に応じて墳丘の大きさや石棺の形なども決められましたとされる。前方後円墳は、ヤマト王権の勢力範囲を誇示する、価値ある建造物であり、地方豪族にとってはヤマト王権と同盟を結ぶネットワークだった。

 馬は単なる人の交通手段だけでなく、軍事、輸送、農耕を飛躍的に向上させた。上毛野では5世紀から馬の飼育を開始。群馬県には、馬の埴輪や出土した馬具やその装飾品が、他の地域に比して著しい事に気がついた。群馬は、県名の由来(県のマスコットは馬のゆるキャラ「ぐんまちゃん」)になったように、馬の大生産地であったのだ。現代、自動車が国の基幹産業となって、その生産力が国力を表すように。王は、祭事には装飾品で着飾った馬具をまとった馬にまたがり、人々の前に立って権力を誇示したのだろうか。

 群馬県のマスコット「ぐんまちゃん」 出典:群馬県ホームページ

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 もともと馬は、渡来人が日本に持ち込んだものである。また中国や朝鮮半島で発見された土器などの出土品に類似するものが、榛名山南麓から高崎市を中心とする群馬の地域から多く出土しているという。渡来人が直接持ち込んだものか、ヤマト政権が持ち込んだものか、それとも渡来人が上毛野で製作したものだろうか。「日本書記」には、上毛野の豪族たちが何度も朝鮮半島に渡航していたともいう。「観音塚考古資料館」の資料では、渡来人が多くこの地に存在したことが推測されるとある。

 榛名山ニツ岳が、6世紀前半に2度噴火した。火砕流や泥流に埋没した南東麓の集落は、発掘により当時の古墳時代の姿が、まるでポンペイの町のようによみがえった。火山灰で閉じ込められた豪族の館、竪穴住居、水田など、当時の生活や文化が明らかになり、今日の群馬の考古学研究が大きく前進したそうだ。

 群馬は、東国で巨大な権力を持つ複数の首長が、肩を並べていたという「古墳王国」であった。群馬県には、他県にはない「上毛かるた」や「群馬交響楽団」など、県民に身近な文化もある。県内の大規模な古墳総合調査のことや、充実した博物館・資料館を観覧し、群馬県が遺跡整備や文化財保護にも力を入れていることが、伝わって来る。

2020年7月 6日 (月)

群馬の古墳めぐり

 2020年6月28日(日)、群馬県前橋市と高崎市の古墳をめぐる。

 

 土砂降りの雨の中、8:00出発。上武道路(国道17号バイパス)を経由し、9:35前橋市の「大室公園」南口駐車場に到着。

●大室古墳群(前橋市西大室町)9:35~10:25

 大室古墳群は赤城山の南麓にあり、6世紀に築造された3基の大型前方後円墳を中心に、円墳など多くの古墳が存在する。現在、古墳の周辺は「大室公園」として整備されている。公園は、「日本の歴史公園100選」に選ばれている。

 公園内の大室古墳群の模型。右から「前二子古墳」、「中二子古墳」、「後二子古墳」の100m前後の墳丘長を持つ古墳のほかに「小二子古墳」などいくつかの小古墳がある。

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 レプリカの埴輪が並ぶ「中二子古墳」は、墳丘の全長111m、高さ15m。樹木で覆われて全容は見えない。堀は二重にめぐらされていて、石室は見つかってないそうだ。

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  今年2月頃に放映されたJR東日本「大人の休日倶楽部」のテレビCMで、吉永小百合さんが「中二子古墳」の埴輪列の傍を歩くシーンがあった。(出典:大人の休日倶楽部ホームページ CM動画)

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 「前二子古墳」の墳丘の全長は94m、高さ14m。この古墳は石室にも入れるが、大雨で近づけず。

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 同じくCM撮影で、吉永小百合さんが「前二子古墳」の石室の前に立ち、石室の中に入るシーンがある。(出典:同上)

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 両袖形横穴式石室と呼ばれるこの石室は、全長14mもあるそうだ。

 このほかCMでは、吉永さんが「前二子古墳」に駆け上がるシーンなどが撮影されている。

 「後二子古墳」は、墳丘の全長85m、高さ11m。石室は天井が低く、頭上注意。

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 公園内には、”赤城型民家”と呼ばれる養蚕農家の「民家園」を活用して「大室はにわ館」が開設され、復元した埴輪や出土品が展示してあるそうだ。雨がひどくて移動が大変なので、割愛する。また公園内には、現在は梅園でその面影はないが、豪族の館跡とされる「梅木遺跡」があった。

 10:25 、「大室公園」を出て、高崎市へ移動する。この後は、「群馬県立歴史博物館」 と「かみつけの里博物館」を観覧。

   本ブログ記事「群馬県立歴史博物館」、「かみつけの里博物館と観音塚考古資料館」を参照。

 

 「かみつけの里博物館」の周囲は、広大な「上毛野はにわの里公園」となっており、園内には「八幡塚古墳」と「双子山古墳」の遺跡、「土屋文明文学館」、「土屋文明歌碑」、「山村暮鳥詩碑」や「はにわ工房・はにわ窯」などの施設がある。
 

●保渡田古墳群(高崎市保渡田町) 15:00~15:45

 保渡田古墳群は、「上毛野はにわの里公園」内にある「八幡塚古墳」と「双子山古墳」、園外の「薬師塚古墳」の3つの大型前方後円墳からなる。5世紀後半から6世紀初頭に築造された。当時、東日本の榛名山東南麓を治めた有力な豪族の墓所として、国指定史跡になっている。

 「八幡塚古墳」は、墳丘の全長96m、高さ現存6mがだ、削られている。3段に造られ、内堀、外堀、外周溝がめぐる。

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 手前の堤上には、円筒埴輪で区画した場所に54体ほどの人物・動物埴輪群像が配置されていたのを復元。様々な儀礼の様子を表したものと考えられるという。
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 内堀の中には祭祀場と思われる4基の円形の島(中島)がある。埴輪は6000体ほど設置されていたと考えられており、復元に当たっても出来る限り配置したようだ。

 「八幡塚古墳」の空撮写真 出典:かみつけの里博物館のパンフレット(以下2枚とも)

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 円筒埴輪の列は、古墳を悪霊から守る垣根と考えられている。

 後円部の墳頂に登り、榛名山を望む。手前には、祭祀が行われと考えられている円形の島。

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 後円部から地下に階段を4mほど降りると、王が眠るひつぎ「舟形石棺」があった。

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 凝灰岩をくりぬいて造られた舟形石棺は、すでに中の副葬品は盗掘されていたが、現在も発掘調査時のままだという。

 保渡田古墳群のもう一つの古墳「二子山古墳」に登る。墳丘の全長は108m、高さ10m。内堀と外堀を巡らせ、内堀に4つの中島(直径約18m)がある。

 「二子山古墳」の模型。

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 墳丘の斜面には、葺(ふ)き石が積まれていたそうだが、復元整備でコグマ笹が植えられている。

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 後円部の頂上1mの地下に、実物の舟形石棺が保存されているそうだ。

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 ここの石棺は古くに度々盗掘に遭い、蓋や副葬品は持ち去られている。発掘調査で、周囲の土の中からは小破片となった馬具・装飾品・鎧・刀などの遺物が、多く発見されたという。

 「八幡塚古墳」と「双子山古墳」のいずれも、墳丘や堀は形が崩れていたのを、今の形に整備して復元したとそうだ。

 「八幡塚古墳」から北西に200m程離れた公園外にある「薬師塚古墳 」は現在、寺院「西光成」の堂宇や墓地のため、墳丘部が南側から東側にかけて大きく削り取られている。墳丘長100mを超え、二重に周壕を巡らしていたと推定されている。見学せず。
 

 15:45、「上毛野はにわの里公園」を出発。16:05、「観音塚考古資料館」(高崎市八幡町)に到着。すでに閉館(16:00?)していたが、特別に開けて貰って16:20まで観覧する。

  本ブログ記事「かみつけの里博物館と観音塚考古資料館」を参照。

 
 資料館から、100mほど北にある「観音塚古墳」に徒歩で移動。
  

●観音塚古墳(高崎市八幡町) 16:25~16:35

 「観音塚古墳」の復元全長は105m(現在は95m)、高さ12m。6世紀末頃の築造で、群馬県では最後の前方後円墳と考えられている。

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 昭和20年3月、後円部で共用の防空壕を掘っていた近隣の人々が、未盗掘の副葬品を発見した。戦後、古墳は国史跡、出土品は国の需要文化財となって「観音塚考古資料館」で保存・公開されている。

 後円部の石室入口。入口の石積みは、墳丘を削ったための土留めにしているのではと思う。

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 石室内部の高さは2.8m。石室を構成する最大重量55トンもの巨石が、この古墳の特徴。奈良県明日香村の「石舞台古墳」に比して「群馬の石舞台」と呼ばれる。

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 後円部の墳頂には、祠があった。

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 「観音塚考古資料館」を中心に、半径100~200mの範囲で、この「観音塚古墳」の他に「平塚古墳」と「八幡二子塚古墳」やその周囲には小型の前方後円墳や円墳が発見された。これらの古墳は、あわせて八幡(やわた)古墳群と呼ばれ、群馬県西部の山間部から平野に移行する地域(八幡台地)に位置し、5世紀後半から6世紀終わり頃までに築造されたそうだ。見学は、割愛。
 

 16:40、資料館の駐車場を出発。帰路は前橋ICから関越道へ。

 18:20、帰宅。

 

 ★ ★ ★

●二子山古墳

 「・・二子山」とか、「・・二子塚」と呼ばれる古墳の名前が多い。なぜそういう名前が多いのか。よく考えると、前方後円墳の前と後の二つの墳丘が、二つの山(塚)に見えるからだと気がついた。こういった名前は、関東に多いともいうが、全国にも多い。

 新しい遺跡の名前は、その土地の地名を付けるようだ。ただ自治体によっては現在の地名ではなく昔の地名を遺跡名に使う場合もあるので、現代の地図だけ見ると名前の由来が分かりにくい所もある。奈良県明日香村の「石舞台古墳」は、江戸時代から「石舞台」と呼ばれていたので、地名が石舞台になったようだ。

 群馬の「二子山古墳」は、古墳の形状で昔からそう呼ばれていたのだろう、前橋市の「前・中・後二子山」は「大室古墳群」、高崎の「二子山」は「保渡田古墳群」と、古墳群には地名が付いている。昔、教科書に出ていた 「仁徳天皇陵」や「応神天皇陵」などは、被葬者が明らかではないという理由で、「大仙(だいせん)陵古墳」または「大山(だいせん)古墳」とか、「誉田(ごんだ)御廟山古墳」または「誉田山古墳」と地名で呼ばれるようになっているが、ちょっとピンと来なくなった。
 

●群馬県が日本で一番古墳が多いのか?

 群馬県には、古墳がそんなに多いのか、奈良県や大阪府はと比べてどうかなのか? そもそも古墳は地方の豪族(王)の墓で、日本中に存在して我々の住んでいる身近にもたくさんある。ヤマト王権のあった近畿が一番多いというわけではないだろう。古墳の数といっても、古墳の定義によって数え方が違うし、一概にどこが一番多いと言えないのではないか。そう思い、ネットでザッと調べてみた。

 文化庁のデータでは全国に古墳は、16万基あるそうだ。これはコンビニの店舗数の約3倍だという。文化庁が公表している都道府県別の埋蔵文化財のうち、「古墳・横穴」の数のランキングでは以下のようだ。

 『平成28年度 周知の埋蔵文化財包蔵地数(古墳・横穴)』(文化庁調べ) 現存と消滅を合算した総数:159636基

 1位)兵庫県:18851
 2位)鳥取県:13486
 3位)京都府:13016
 4位)千葉県:12765
 5位)岡山県:11810
 6位)広島県:11311
 7位)福岡県:10754
 8位)奈良県:  9700
  ・・・
 11位)群馬県:3993
 ・・・ 
 13位)大阪府:3427

 この結果を見ると、奈良県が一番多いわけではない。東日本には、古墳(古墳・横穴)少ない。広義の「古墳」は、「横穴」も含まれるそうだ。しかし「古墳」は主に前方後円墳などを指す事が多く、「横穴」は横穴式の群集墓を意味しているそうだ。前方後円墳は、全国約5,200基なので、それ以外の古墳が大小あわせて15万4,800基もあることになる。前方後円墳は、大王を頂点とするヤマト王権の首長を葬ったと考えられている。

 群集墓は、それ以外の人々の墓とされている。これらの合計数は、古墳時代における都道府県別の人口に対応しているのではないかと考えられるそうだ。また北海道、青森県、秋田県、沖縄県の古墳は、ゼロ。列島の南北には、古墳文化が及ばなかったようだが、それに代わる死者を祀る墓は別にあった。

 「横穴墓」は、一般には台地や段丘の斜面に穴を掘り、人間を埋葬した墓。「横穴古墳」とも言い、分類上は広義の「古墳」になり、文化庁の数字の中に含まれている。埼玉県の「吉見百穴(ひゃくあな)」は、凝灰岩の岩山の斜面に多数の穴が空いていて、古墳時代後期の横穴墓群で、219基の墓がある。このような遺跡としては日本一の規模。しかし狭義の「古墳」は、高塚古墳(墳丘を持つ古墳)を意味する。

 昨年旅行で行った宮崎県の「西都原古墳群」は、標高70メートル程の台地に古墳が分布する「日本最大級の古墳群」だとされている。宮崎は「神話の国」と呼ばれ、県内に古墳が多いのではと思っていたが、飛び抜けて多くはないようだ。西都原古墳は、高塚古墳が319基、その内訳は、前方後円墳31基、方墳2基、円墳が286基。他に横穴墓が10基、地下式横穴墓(南九州特有)が12基確認されているという。「西都原古墳群」が有名なのは、一定の範囲に古墳が集中している最大の古墳、ということのようだ。

 本ブログ関連記事「神話のふるさと日向の国ーその1」 2019年5月31日投稿
  http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-4189df.html

 文化庁のランキングはちょっとピンとこないので、「前方後円墳」が多い県のランキングを別の資料で探した。

 1位)千葉県:685
 2位)茨城県:444
 3位)群馬県:410・・・何故か、意外と関東が多い。
 4位)大阪府:182
 5位)岡山県:291
 ・・・
 9位)奈良県:239・・・奈良県の前方後円墳は、千葉県の1/3程しかない。

 世界遺産の大仙陵古墳(仁徳天皇陵)や奈良県の天皇陵など、教科書で目にした巨大墳墓だけが古墳なのではないというのがよくわかる。古墳は、日本列島の南北の一部の道県を除き、各都道府県のありとあらゆるところにある、実に身近な存在なので、あまりランキングをを論じるのは無意味かも知れない。

 最後に、日本に120m以上の巨大古墳(前方後円墳)が、126基あるそうだが、その都道府県別ランキングは、

 1位)奈良県:35・・・見瀬丸山古墳(欽明天皇陵)、渋谷向山古墳(景行天皇陵)など
 2位)大阪府:28・・・大山古墳(仁徳天皇陵)、誉田山古墳(応神天皇陵)など
 3位)岡山県:13・・・造山古墳(西日本最大)など
 4位)群馬県:11・・・天神山古墳(東日本最大)など
 5位)京都府:7

 東日本最大の「太田天神山古墳」(群馬県太田市)の空撮写真。出典:大田市ホームページ

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 これを見ると、ヤマト王権の支配地域(大阪府と奈良県)に過半数が分布し、群馬県が東日本で一番多く、なんとなく我々が持つ古墳のイメージに合うのかも知れない。なお、今回見学した古墳の規模はすべて120m未満だったが、群馬県にはもっと大きい古墳がたくさんあるということだ。

 以上をまとめてみると、以下のようになる。

 1.古墳は全国に分布し、都道府県別の古墳数のランキングはあまり参考にならない。ただ西日本に古墳が多いのは、古代の西日本に人口が多かったせいだろうか。

 2.巨大古墳(墳丘全長120m以上)は、ヤマト王権のあった奈良・大阪に圧倒的に多い。

 3.奈良・大阪に次いで巨大古墳が多い岡山と群馬は、ヤマト王権に連合し、ヤマト王権に次いで隆盛していた吉備王権や上毛野王権があったらしい。

2020年7月 5日 (日)

群馬県立歴史博物館

 2020年6月28日(日)、群馬県高崎市にある「群馬県立歴史博物館」を観覧する。

 

 朝から土砂降りの雨の中、8:00出発。上武道路(国道17号バイパス)を経由し、9:35前橋市西大室町の「大室公園」南口駐車場に到着。

 公園内の大室古墳群を見学した後、10:25「大室公園」出発。

 大室古墳群については、本ブログ記事「群馬の古墳めぐり」を参照。

 

 11:00、高崎市綿貫町の「群馬の森公園」着くころには、雨が止む。

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 公園には、「群馬県立歴史博物館」と「群馬県立近代美術館」がある。11:10、「群馬県立歴史博物館」に入館(入館料300円)。

●群馬県立歴史博物館 11:10~12:35

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 常設展示は、①原始 ②古代 ③中世 ④近世 ⑤近現代の5つのテーマに分かれている。

 《原始》 土器文化と定住生活

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 《東国古墳文化》 全長97m、高さ9mの「綿貫観音山古墳」(高崎市綿貫町)の復元模型。盗掘に遭わず多くの副葬品が多数出土した。

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 《東国古墳文化》  「綿貫観音山古墳」から出土した埴輪や副葬品の数々。

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 馬の埴輪が目立つ。古代、この地域は馬の産地で、県名「群馬」の由来となった。渡来人が、この地に馬とその飼育方法をもたらした。

 《古代》 「上野三碑」(こうずけさんぴ)。左から金井沢碑(かないざわひ)、多胡日碑(たごひ)、山上碑(やまのうえひ)の石碑のレプリカ。

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 7世紀以降、律令支配と仏教文化の広まりで、文字が普及した。「上野三碑」は、高崎市の南西部半径3Km以内の範囲に集中して存在し、当時の仏教、政治、家族関係を示す貴重な資料。国指定史跡だが、ユネスコ「世界の記憶」に登録された。

 群馬県の地域は毛野(けの)と呼ばれていたが、やがて栃木県地域に政治勢力が出来ると下毛野(しもつけの、現在の栃木県)と分かれ、元の毛野は上毛野(かみつけの)と呼ばれた。8世紀初頭(奈良時代)に全国の地域が漢字2文字に統一され、上野(かみつけの、こうづけの)と改められた。

 《中世》 山間部から石塔・石仏の石材が多く採石され、流通した。右は、石造不動明王立像。

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 《近世》 倉賀野宿・河岸の模型。左に中山道と右に利根川支流の烏川。関東北辺の水陸交通の要衝として、産業・文化が栄えた。

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 《近代》 富岡製糸場の模型。世界遺産である富岡製糸場は、明治に5年建設された、日本で最初の官営模範製糸場。

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《近代》 中島飛行機の疾風(はやて)と木製プロペラ。

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 《現代》 ラビットスクーターとスバル360

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 航空機産業の技術が生かされたスバル360は、1958年(昭和33年)~1970年(昭和45年)まで生産された。

 今年3月、「綿貫観音山古墳」の出土品が国宝に決定。写真は、「群馬県立歴史博物館」ホームページから転載。

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 左から、国宝の一部の金銅製心葉形杏葉(しんようけいぎょうよう)、三人童女の埴輪、銅製水瓶。心葉形杏葉は馬具の装飾物で、金銅は銅に金メッキを施したもの。


 12:40~13:35、「県立近代美術館」内の「森のレストラン・ころむす」で 昼食。

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 対面に椅子がない、コロナ対策仕様のテーブルに着席。メニューもいつもより少なくしているという。ソースカツ丼950円を注文。

 13:45、「群馬の森」を出て、次の「かみつけの里博物館」へ行く。

 本ブログ記事「かみつけの里博物館と観音塚考古資料館」に続く。

 

 ★ ★ ★

 「群馬の森」は、高崎市にある県立の都市公園。明治百年記念事業の一環として計画され、1968年に整備を始め1974年に開園した。公園内には、現在「群馬県立近代美術館」や「群馬県立歴史博物館」などの施設がある。

 現在の「群馬の森」がある一帯は、烏川と井野川に沿って舟運の便が良く、水車の動力も得やすいという理由から、1882年(明治15年)に 黒色火薬製造の「東京砲兵工廠岩鼻火薬製造所」が設置された。その後、「陸軍造兵廠火工廠岩鼻火薬製造所」や「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」へと改称し、終戦の1945年(昭和20年)まで軍用、産業用火薬の生産を行なっていた。

 「群馬県立歴史博物館」は、この地に1979年10月に開館した。しかし2011年に展示中の重要文化財に水滴が落ちる事故が発生、文化庁から文化財の公開を取り消された。2016年7月に大規模改修が完了し、リニューアルオープンした。

 博物館の公式ガイドブック「常設展示図録」の序文によると、最初のオープンから38年の歳月を経てリニューアルされたが、その間の歴史・考古学は日進月歩しており、群馬県を取り巻く状況も激変したとある。それは、県内を縦横断する関越道・上信越道・北関東道の高速道路、上越・長野新幹線、国道バイパスの建設、住宅開発・工業団地などの建設、土地改良工事が活発化したことだったという。

 その結果、遺跡調査が空前の規模と数となり、県内で新たな遺跡が次々に発見されたという。こういった人類による開発行為によって、特に考古学が進歩・発展するのは、どこか皮肉な感じがする。しかし群馬県が特に、古墳時代の遺跡の宝庫であることを改めて認識した。その理由は、上毛野と呼ばれたこの地域には古墳時代、東国で有数の勢力を持った豪族(王)が支配していて、最先端の技術と文化を持つヤマト王権と同盟を結び交流していたという解説を知り、腑に落ちた。

2020年7月 2日 (木)

新型コロナ220.06 全面解除

 2020年5月25日、首都圏4都県と北海道の「緊急事態宣言」が解除された。東京都では、6月11日に「東京アラート」を解除し、12日から「ステップ3」に移行。また同日、新型コロナ対応の追加対策を盛り込んだ第2次補正予算が成立した。

 6月16日から30日までの新聞、テレビ、ネット情報から、新型コロナの主なニュースを辿る。本ブログ記事「新型コロナ2020.06 要請緩和」の続き。【写真や図をクリックすると、拡大表示します】

 

●6月16日

 抗体検査、陽性率低い

 加藤厚労相は16日、新型コロナに感染したことを示す抗体検査を感染者が多い東京、大阪、少ない宮城で実施したところ、陽性率は東京が0.10%、大阪が0.17%、宮城0.03%だったと発表した。抗体が新型コロナへの再感染をどの程度防ぐ効果があるのか、国立感染症研究所ではさらに研究するという。

 またソフトバンクグループは6月9日、全国の社員や取引先、医療従事者ら計約4万4千人に簡易検査をしたところ、陽性率が0.43%だったと発表した。また東京大学先端科学技術研究センターが、都内医療機関で5月と6月に採取された、あわせて約1千人を精密検査で調べたところ抗体陽性率が0.7%だった。陽性率が低いのは、国内感染状況からみて当然の結果で、今後も誰もが感染しうるということだそうだ。

 世界の感染者800万人超

 アメリカのジョンズ・ホプキンス大学による日本時間16日午後4時時点のまとめによると、新型コロナの感染者は世界全体で803万5千人と800万人を超え、亡くなった人は43万7千人。

 新型コロナウイルス 出典:NHK新型コロナウイルス特設サイト 米国立アレルギー感染症研究所

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 北京 感染者再び増加

 中国・北京で、新型コロナ感染者が再び増加に転じている。北京では市内にある国内最大規模の食品卸売市場を訪れた人を中心に感染者が相次いでいて、保健当局によると今月11日以降、新型コロナに感染し症状のある感染者の数が106人に上っているという。これを受けて北京市当局は16日夜記者会見し、4段階ある新型コロナウイルスの警戒レベルを2番目に高い「2級」に引き上げると発表した。 

●6月17日

 コロナ国会、閉会

 1月20日に開会した通常国会は、6月17日野党の会期延長要求にもかかわらず閉会した。「桜を見る会」の疑惑で始まり、「検事長の定年延長問題」、「森友文書改ざん」、新型コロナの「持続化給付金」の疑惑続きで終わり、何一つ国民の納得できる説明はなかった。降ってわいた「新型コロナ禍」は、本来なら政権と与野党が協力してあたるべきだったが、政府の対応は国民からかけ離れたもので、結局野党の攻勢に政権・与党は逃げるように150日間の国会を閉じた。

 
●6月18日

 東京都知事戦告示

 任期満了に伴う東京都知事選が18日に告示された。22人が立候補し、17日間の選挙戦が始まった。新型コロナ対策や経済再生、4年間の小池都政への評価、延期となった東京五輪・パラリンピックの在り方などが争点となる。

 主な候補者は以下の通り。 

 山本太郎   45歳 れいわ新撰組代表、前参議院議員
 小池百合子  67歳 現東京都知事 無所属
 七海ひろこ氏 35歳 幸福実現党広報本部長
 宇都宮健児  73歳 元日弁連会長 無所属(立憲民主党・日本共産党・社民党支援)
 小野泰輔   46歳 元熊本県副知事、無所属(日本維新の会推薦)
 立花孝志   52歳 NHKから国民を守る党党首 ホリエモン新党党首 元参議院議員

 左から山本太郎(ウキペディア・コモンズから転載)、小池百合子(同左)、宇都宮健児(宇都宮けんじ公式サイトから転載)、小野泰輔(小野泰輔公式サイトから転載)

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●6月19日

 都道府県またぐ移動、全国で緩和

 19日、都道府県をまたぐ移動の自粛が全国で緩和された。新幹線などの利用客が増えるのに備えて、鉄道各社は駅での消毒など感染防止策に取り組んでいる。航空各社は徐々に運航便数を増やし、羽田空港では出張や旅行などに向かう人の姿が目立つようになった。また松山市の道後温泉などの温泉地も、2か月ぶりに19日営業を再開、待ちわびた観光客が訪れているという。

 また東京都では、「ステップ3」のうち、飲食店の営業時間を22時から24時まで延長、バーなどの接待を伴う飲食店の営業自粛を解除、屋内1000人以下、屋内500人以下のイベントの開催を解除した。

 スマホの濃厚接触アプリ

 新型コロナに感染した人と濃厚接触した疑いがある場合に通知を受けられるスマホ向けのアプリについて、加藤厚労大臣は、19日午後3時ごろから運用を開始すると発表、広く利用を呼びかけた。アプリは「COCOA」という名称で、スマホンを持っている人どうしが15分間以上、1m以内に近づくと、互いにデータを記録する。利用者が新型コロナに感染した場合に、相手先に濃厚接触の疑いがあると通知する仕組み。

 しかし運用開始後、アプリを検索しても見つからない、ダウンロードできないなどの声が相次いだ。厚労省は、厚労省ホームページにダウンロードできるリンク先を新たに掲載した。しかしその後もトラブルが続いたので、筆者は6月27になってインストールした。

 新型コロナウイルス接触確認アプリ COCOA(ビラ)(6月22日更新) 出典:厚生労働省ホームページ

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 CocoaアプリのiPhoneスクリーンショット 出典:同上

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 プロ野球、3ヶ月遅れで開幕

 セ・パ両リーグが19日、3ヶ月遅れで開幕した。12球団は、これまで選手の体調管理や施設内の消毒に努め、リーグ戦に備えてきた。当面は、史上初の無観客試合。プロスポーツの先陣を切って開幕できたのは、12球団がコロナへの危機感を早期に共有し、コロナ対策ガイドラインをまとめた成果だという。

 開幕が遅れたことで、試合数は143から120に減る。日程が過密になり、選手や監督、コーチらに負担がかかる恐れもある。両リーグは、移動に伴う感染リスクの低減を図るため、変則的な開催地や試合日程をとり、延長戦の10回打ち切り、ベンチ入り人数も増やす。各球団は月1回、全選手らのPCR検査を実施。感染や濃厚接触が疑われる選手は、チームから隔離することで合意している。

 政府の方針では、7月10日から段階的に観客の受け入れが可能となる。今後の課題は、観客をどう安全に球場に迎え入れるか。開場時間を繰り上げて混雑を緩和、鳴り物を使った応援を控えてもらうそうだ。また各球団は、大幅な減収が見込まれるが、試合を盛り上げながらどう収益につなげられるかも重要な課題だ。 

 ユニクロのマスク

 ユニクロは、夏用の機能性肌着の生地「エアリズム」を使ったマスクの販売を、19日全国の店舗とインターネットの通販サイトで始めた。マスクは3枚入りの1パックが990円で、各地の店舗では開店前からマスクを買い求める人の行列ができた。一方、インターネット通販サイトでは午前中からアクセスが集中、午後には通販サイトで売り切れ、また多くの店舗でも売り切れになったという。

 エアリズムマスク 出典:ユニクロ公式オンラインストア ホームページ

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●6月20日

 WHO「パンデミックが加速と認識」
 
 WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は19日、世界全体で新型コロナウイルスの1日当たりの新たな感染者の数が、これまでで最も多くなったことを明らかにし、パンデミック(世界的な感染爆発)が加速しているという認識を示した。

 毎日新聞世論調査

 毎日新聞は20日、全国世論調査を実施した。河井克行前法相と妻の河井案里参院議員が公職選挙法違反容疑で逮捕されたことについて、安倍首相の責任は「重い」との回答が59%を占め、「重いとは言えない」は32%だった。安倍内閣の支持率は36%で5月調査(27%)から9ポイント戻したものの、不支持率は56%(前回64%)と、支持率を大きく上回る状態が続いている。

 新型コロナ対策のため会期延長を求める意見がある中で、通常国会が17日に閉会したことについては、「延長すべきだった」が52%、「閉会したのは妥当だ」が30%。政府が都道府県をまたぐ移動の自粛を解除したことは、「妥当」が55%、「自粛を続けるべき」が32%だった。

●6月21日

 朝日新聞世論調査

 朝日新聞社は20、21日に全国世論調査を実施した。安倍内閣の支持率は31%(前回5月調査の29%)、不支持率は52%(同52%)で第2次政権下で最低。安倍首相が自民党総裁を、党の規則を変えて4期目も続けることについて、「反対」69%(2月調査60%)、「賛成」19%(同25%)で、2月と比べて反対が増えた。自民支持層でも「反対」54%(同43%)が、「賛成」36%(同46%)を上回った。

 昨年の参院選をめぐり、河井夫妻が逮捕された事件について、河井議員を昨年法相に任命した安倍首相の「責任は大きい」が58%で、「それほどでもない」35%だった。自民党本部が河井陣営に1億5千万円を資金提供について、自民党総裁である安倍首相の説明が「十分ではない」と答えた人は80%にのぼった。自民支持層でも「十分ではない」は74%だった。

 NHK世論調査

 NHKは、19日から3日間、世論調査を行った。安倍内閣支持率は36%(前回37%)に対し、不支持は49%(同45%)。不支持の割合は、第2次安倍内閣発足以降、最も高くなった。また逮捕された河井夫妻が、議員辞職すべきかどうか聞いたところ、「辞職すべき」が83%だった。

 新型コロナの感染拡大で生活にどの程度不安を感じているか、「大いに不安を感じている」が22%、「ある程度不安を感じている」が53%、「あまり不安は感じていない」が20%、「まったく不安は感じていない」が4%。新型コロナをめぐる政府の対応について「大いに評価する」が6%、「ある程度評価する」が45%、「あまり評価しない」が37%、「まったく評価しない」が10%。

 新型コロナ感染が再び拡大することへの不安をどの程度感じているか、「大いに」が37%と「ある程度」が49%をあわせ86%。政府が今月19日、都道府県をまたぐ移動を全国で緩和したが、緩和のタイミングについて「適切なタイミングだ」が35%、「早すぎた」が47%、「遅すぎた」が11%だった。

●6月22日

 大相撲7月場所

 日本相撲協会は、例年愛知県体育館(名古屋市)で行われている7月場所について、東京・両国の国技館に会場を変更し、7月19日から無観客で開催を目指ことにした。また、開催に向けて今月、力士や親方などの希望者全員を対象に、抗体検査を実施する。

 22日には事業部長を務める尾車親方が、報道陣の取材に応じた。親方は、早ければ今月中に抗体検査の結果について専門家から報告を受けたあと、7月場所の開催に向けて新型コロナ対策のほか、出稽古を含めた場所前の稽古方法や、会場の国技館での動線などをまとめたガイドラインを作ることを明らかにした。

 プロ野球、7月10日から観客を入れ試合

 プロ野球の12球団は、代表者による会議をオンラインで開き、当初の予定からおよそ3か月遅れの6月19日に無観客で開幕したレギュラーシーズンについて、7月10日から観客を入れて試合を行う方針を決めた。

 入場者数の上限については、球場の大きさ、病院の受け入れ体制など、自治体などと協議して、できるだけ早く決めたいという。各球団は観客を入れる時に必要な、サーモメータなどの機材を準備し、球場内での観客の動線も決めているそうだ。

 米国、ブラジル、インドが再び増加

 アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のまとめによると、アメリカの感染者は日本時間22日午後6時点で、累計で228万1千人に上り、世界で最も多くなっている。1日当たりの感染者の数については、ことし4月、多い時で3万6千人を超えたが、その後、減少傾向にあった。しかし、今月20日の時点でおよそ3万3千人の感染が確認されるなど、再び増加傾向にある。感染者が急増している多くの州は、比較的早い時期に経済活動を再開していて、再開が早すぎたとする専門家の指摘が出ているという。

 また、感染者が世界で2番目に多いブラジルでは、22日午後6時時点で108万3千人に上り、累計で100万人を超えた。1日当たりの感染者の数は、19日の時点で5万4千人を超え、ここ数日急増している。サンパウロなど多くの都市で、3月中旬から経済活動が段階的に再開されていて、専門家の間では経済活動が次々と再開されていることに懸念の声があがっているという。

 更にインドでも、1日当たりの感染者数は増加傾向が続く。このところ、1日当たりおよそ1万5千人の感染が確認されていて、累計の感染者は22日午後6時時点で42万5千2人に上っている。背景には、今月からは商店や飲食店の営業が本格的に再開したことに加え、国内線の運航をはじめ、公共交通機関も順次再開し、人の移動や接触が大幅に増えていることなどが挙げらる。


●6月23日

 企業アンケート、景気後退

 23日朝日新聞朝刊によると、全国の主要企業100社を対象にした朝日新聞のアンケートで、今の国内景気を「後退」とみる企業が97社に達し、昨年11月の前回調査の12社から激増した。新型コロナ感染拡大で、個人消費や企業収益が落ち込んだのが主な原因。企業の景況感は最悪レベルまで沈んでいるという。

 東京ディズニーランド再開

 2月29日から休業を続けてきた東京ディズニーリゾート(東京ディズニーランドと東京ディズニーシー)は、7月1日から営業を再開すると発表した。再開はおよそ4か月ぶり。営業時間は当面、午前8時から午後8時まで。オンラインで事前にチケットを購入した人のみ入園できる。また感染を防ぐため、アトラクションやレストランなどの施設では利用人数を制限したり、一部を休止したりするほか、入園の際は検温やマスクの着用に協力を呼びかける。

 国内のテーマパークでは、大阪のUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)が6月8日から営業を再開したほか、スパリゾートハワイアンズ(いわき市)が7月1日、サンリオピューロランド(多摩市)は7月20日から営業を再開する予定。

 世界の感染者900万人超

 アメリカ、ジョンズ・ホプキンス大学のまとめによると、新型コロナウイルスの感染が確認された人は、日本時間の23日午前3時時点で、世界で900万7千人と、900万人を超えた。感染者が最も多いのは、アメリカで228万9千人、次いでブラジルが108万3千人、ロシアが59万1千人、インドが42万5千人、イギリスが30万7千人。

 亡くなった人は世界全体では46万9千人。最も多いのはアメリカ12万人、次いでブラジル5万1千人、イギリス4万3千人、イタリア3万5千人、フランス3万人。

●6月24日

 家賃支援給付事業の疑惑

 梶山経産相は24日の衆院経産委員会で、新型コロナウイルス対策の「家賃支援給付金」事業の民間委託を巡り、電通の社員が下請け企業に圧力をかけていた疑いについて、この社員が不適切な発言をしていたと明らかにした。この社員は「持続化給付金」事業で、事務局業務全体の管理調整を担当していたという。

 5月23日、「持続化給付金」事業で下請け関係にある大手イベント会社TOWの社員に対し、「家賃支援給付金」事業の事務を受託する可能性があった別の広告大手に、協力しないよう圧力をかける趣旨の発言をしたという。野党は今後、電通の組織的な関与や、委託先選定のための入札への影響について、追及する構え。

 専門家会議の廃止

 西村経済再生担当大臣は24日の記者会見で、政府の新型コロナの「専門家会議」を「廃止」したうえで、メンバーを拡充するなどして、政府内に「新型コロナウイルス感染症対策分科会」として改めて設置する考えを明らかにした。「専門家会議」が法的根拠もなく、政府の政策をすべてを決めているかのような印象を与えているということを反省し、一定の区切りをつけるタイミングで会議をしっかり位置づけたいという考えのようだ。

 新しい分科会では、感染状況の分析や感染の再拡大に備えた対策、ワクチンができた際の接種の在り方などを議論する見通し。メンバーについて、感染症の専門家に加え、自治体関係者や危機管理の専門家など幅広い分野から人選すると述べた。政府の対策本部で設置を決めたうえで、来月上旬にも、初会合を開きたいとしている。「廃止」については、会議メンバーや与党にも知らされて無く、驚きの声が出ている。

 ユニクロ柳井会長が寄付

 「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、ノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授と山中伸弥教授の研究に、個人の資産から総額100億円を寄付すると発表した。

 24日、京都大学で開かれた会見には、柳井社長と本庶・山中の両教授が出席。このなかで柳井社長は「医学の世界で最大の問題はがんとウイルスだ」と述べ、総額100億円を寄付することを明らかにした。具体的には本庶特別教授の「がん免疫総合研究センター」の研究費・人件費として、今後10年間、毎年5億円。また山中教授に対しては、新型コロナウイルスの感染対策や治療薬の研究に対して5億円、iPS細胞を低コストで製造するための施設の建設などに来年度から9年間、毎年5億円を寄付するという。

 24日の東京の感染者55人

 東京都は24日、都内で新たに10代から70代までの男女あわせて55人が新型コロナに感染していることが確認されたと発表した。1日の感染の確認が50人以上となるのは、大型連休中の5月5日以来。また、先月25日に「緊急事態宣言」が解除されたあとでは、最も多い。

  55人のうち、20代と30代の若い人が41人と、全体のおよそ75%を占める。また55人のうち、23人は今のところ感染経路がわかっておらず、残りの32人はこれまでに感染が確認された人の濃厚接触者だという。この32人の中にはいわゆる「夜の街」で働く人たちの集団検査で陽性となった人が12人、それに同じ職場で働く人で感染が確認された9人が含まれている。これで都内で感染が確認された人は、あわせて5895人になった。

 東京都の感染者の推移(日別) 出典:NHK新型コロナウイルス特設サイト 

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 24日、東京都内で55人の感染が確認されたことについて、専門家会議の脇田座長は夕方に行われた記者会見で、 「東京では夜の街など、感染拡大のリスクが高い場所での感染が続いている。そこから家庭や病院、福祉施設に広がることをとても警戒している。また、感染経路の追えない感染者も見つかってきていて、背後に見えないクラスターがあることを意味している」と述べ、引き続き警戒する必要性を指摘した。

 その一方で「現在は、重症になる人の命を救う医療提供体制が、かなり準備できている状況。今後も検査を続けながら、第2波の流行拡大につながらないか注視していきたい」と話した。

 IMF世界成長率マイナス4.9%

 IMF(国際通貨基金)は24日、世界経済見通しの改訂版を発表し、2020年の世界実質成長率を「マイナス4.9%」と予測した。新型コロナの打撃が想定よりも深刻なため、前回4月の予測から1.9ポイント下方修正した。日本も0.6ポイント引き下げ、「マイナス5.8%」。景気回復はもたつき、2021年も世界全体で従来予測より0.4ポイント低い「プラス5.4%」にとどまる見通し。これを受け、IMFは、世界全体の総生産(GDP)が来年までの2年間で約12兆5千億ドル(約1300兆円)失われると試算した。
 
 IMFは4月の改訂で予測を大きく引き下げ、2020年の世界経済が「1930年代の世界恐慌以来、最悪の景気後退になる」と指摘していた。わずか2カ月あまりで、一層の景気下振れが予想されるため再改訂した。
  

●6月25日

 米で第2波   

 新型コロナの感染者と死者ともに世界最多の米国で、感染が再び急速に拡大し「第2波」への警戒が高まっている。ロイター通信は25日、新規感染者が過去最多を更新したと報じた。一部の州では、経済活動の規制緩和を見直す動きも現れている。25日の新規感染者は3万9818人。ここにきて増加ペースが上がっているという。CNNテレビでは、全米の6割に当たる30州以上で、先週の新規感染者数が前週を上回り、テキサス、フロリダなど13州は増加率が50%以上を記録した。

 一方、トランプ大統領は11月の大統領選に向けて、今年後半の「景気V字回復」に意欲を見せている。トランプ氏は25日、ツイッターに「感染者の増加は検査件数の増加が理由で、死者の数は減っている」と投稿し、第2波の懸念打ち消しに努めた。CDC(米疾病対策センター)のレッドフィールド所長も、記者団に「増加は若い人や症状のない人が検査を受けるようになったため」と指摘した。

 だが、多くの州で感染者だけでなく新規入院患者も増えているという。地元紙によれば、テキサス州では検査で陽性の割合が「危険水域」とされる10%を超え、アボット州知事は25日、経済活動の再開を一時凍結すると発表した。ロサンゼルス近郊にあるディズニーの二つのテーマパークは、7月17日に予定していた再開を先送りした。
  

●6月26日

 26日の東京都感染者54人

 東京都は26日、都内で新たに10歳未満から60代までの男女合わせて54人が新型コロナウイルスに感染していることが確認されたと発表。先月25日に「緊急事態宣言」が解除された後に1日の感染の確認が50人以上となるのは、55人の感染が確認された今月24日に続き2度目。

 54人のうち、20代と30代が合わせて40人と、全体のおよそ74%を占める。また54人のうち、26人はこれまでに感染が確認された人の濃厚接触者で、28人は今のところ感染経路が不明。54人のうち31人は「夜の街」に関係する人で、ホストクラブやキャバクラ店など接待を伴う店の従業員や客のほか、複数の飲食店を利用した人だという。これで都内で感染が確認された人は、合わせて5997人。26日に都内で死亡が確認された人はいなかった。

  東京都の感染者数の推移(日別) 出典:NHK新型コロナウイルス特設サイト 

6/26東京都感染者数 NHK新型コロナウイルス特設サイト

 26日の国内感染者105人

 26日は東京都で54人、埼玉県は16人(2日連続での2桁)、神奈川県で7人、空港の検疫で6人など全国で合わせて105人の感染が発表された。感染者数が100人を超えたのは5月9日以来。国内で感染が確認された人は、空港の検疫などを含め1万8317人、クルーズ船を合わせて1万9029人。また亡くなった人の累計は、国内で感染した人が971人、クルーズ船をあわせ984人となった。

 各自治体などによると、国内で感染が確認された人は累計で、東京都は5997人、次は大阪府1814人、神奈川県1449人、北海道1221人、埼玉県1087人など。

 日本国内の感染者数の推移(日別) 出典:NHK新型コロナウイルス特設サイト 

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●6月28日

 28日の東京都感染者60人

 東京都は28日、都内で60人が新たに新型コロナに感染していることが確認されたと発表。1日の感染の確認が60人以上となったのは、87人が確認された大型連休中の5月4日以来で、先月25日に緊急事態宣言が解除されたあとでは最も多くなった。

 60人のうち、20代と30代は合わせて45人で、全体の75%。また60人のうち、21人はこれまでに感染が確認された人の濃厚接触者で、39人は今のところ感染経路不明。さらに、60人のうち31人はいわゆる「夜の街」に関係する人で、ホストクラブやキャバクラ店などの従業員や客だという。これで都内で感染が確認された人は、合わせて6114人。28日に都内で死亡が確認された人はいなかった。

 28日の北海道感染者17人

 28日は道内で17人の感染が確認され、「緊急事態宣言」が解除されてから初めて10人を超え、最も多くなった。17人のうち14人は、小樽市で昼間にカラオケが利用できるスナック、いわゆる「昼カラ」の利用客。70、80代の高齢者が多かった。 同市ではこうしたスナックでクラスター(感染者集団)が発生し、高齢者の感染が相次いでいるという。

 28日の埼玉県感染者8人

 28日埼玉県内では、8人の新型コロナの感染が確認された。このうち3人は30代の男性と20代と30代の女性で、複数の従業員に感染が分かっているさいたま市のキャバクラ店の従業員。このキャバクラ店は、大宮駅近くの歓楽街にあり27日から休業している。この店に関係する感染者は合わせて8人となった。

 28日の国内感染者113人

 28日には、東京都で60人、北海道で17人など、合わせて113人の感染が発表されている。国内で感染が確認された人は、空港の検疫などを含め1万8522人、クルーズ船を合わせて1万9234人。亡くなった人の累計は、国内で感染した人が972人、クルーズ船を合わせて985人。

 各自治体などによると、国内で感染が確認された人は累計で、東京都は6114人、2番手の大阪府は1821人、神奈川県は1463人、北海道は1239人、埼玉県は1106人、千葉県は946人。

 また厚生労働省によると、新型コロナの感染が確認された人で、人工呼吸器や集中治療室などで治療を受けるなどしている重症者は、28日時点で、国内で感染した人などが45人、クルーズ船の乗船者を合わせて46人。一方、症状が改善して退院した人などは、国内で感染した人が1万6506人、クルーズ船が658人、合わせて1万7164人となっている。

 都知事選の情勢

 7月5日投開票の東京都知事選では、各陣営は公約の一つに新型コロナ対策を訴えている。読売新聞社、朝日新聞、毎日新聞などは27、28日の世論調査と取材を基に情勢を分析を行っている。その結果、現職の小池百合子氏が他候補を大きく引き離し、安定した戦いを展開しているようだ。元日弁連会長の宇都宮健児氏、前熊本県副知事の小野泰輔氏とれいわ新選組代表の山本太郎氏が2番手を競っているが、支持の広がりを欠き苦戦している。ただ、投票先を明らかにしてない有権者が2~3割おり、情勢が変化する可能性もあるという。

 態度を明らかにした人を分析すると、小池氏は事実上の支援を受ける自民党支持層の約7~8割、公明支持層の9割近くを固めた。無党派層の半数以上にも浸透し、他候補を引き離している。立憲民主党や日本維新の会の支持層も半数前後が小池氏に流れており、野党系候補は支援を受ける政党支持層を固め切れていない。毎日新聞では、4年間の小池都政の評価も尋ねたところ、73%が「評価する」と回答した。

 世界の感染者1000万人、中南米で拡大続く

 新型コロナの世界の累計感染者数が28日、米ジョンズ・ホプキンス大の集計で1000万人を超えた。死者数は49万人以上となった。米国や中南米を中心に感染拡大のペースが上がっており、事態収束の見通しは立っていない。

 世界の感染者数は28日午前(日本時間29日未明)時点で、1001万人に上った。国別では米国が最多の約251万人で、ブラジル約131万人、ロシア約63万人などと続く。1日ごとの新規感染者は4月初めから7万~9万人程度で横ばいだったが、5月下旬から再び増加、ここ数日は1日16万~19万人のペースで増えた。中南米やインドで感染が急速に広がったことに加え、米国などで外出や経済活動の制限の緩和が始まったためだとみられる。

 米国は、早期の経済再開に踏み切った南部の州などで6月中旬から、再び感染拡大が加速した。26日には1日の新規感染者が過去最多の約4万5千人を記録した。だが、トランプ大統領は「感染者の増加はウイルス検査の拡充が原因だ」などとして、あいかわらず楽観的な見方。ブラジルでは大都市で経済活動の再開が優先されたことや、脆弱な医療体制などが影響し、貧民街を中心に感染が広がっている。

 WHOは26日の記者会見で、事態の収束にはワクチンが不可欠だとして、各国に開発や分配の協力を改めて呼びかけた。ロイター通信によると、現在15種類のワクチンの臨床試験が各国で進んでいる。このうち英製薬大手「アストラゼネカ」や米バイオ企業「モデルナ」などが開発をリードしているとみられる。

 専門家会議”廃止”説明不足

 西村康稔経済再生担当相は28日の記者会見で、新型コロナ対策を議論してきた政府の「専門家会議」を「廃止」すると発表したことについて、「私が『廃止』と強く言い過ぎ、「専門家会議」の皆さんを排除するように取られてしまった。反省している」と述べた。「廃止」をめぐっては根回しもなく、意思決定の不透明さなどに与野党や会議メンバーから批判の声が続出していた出ていた。

 西村大臣は、従来の「専門家会議」は厚生労働省内のアドバイス組織と、新たに設置する「新型コロナ対策分科会」へ”発展的に移行する”と強調。分科会は都道府県知事や経済界、労働界、マスコミ関係者の参加を想定しており、「専門家会議」メンバーも当然何人かには入ってもらうと説明した。
 

●6月29日

 29日の東京都感染者、高止まり

 東京都は、29日都内で新たに58人が、新型コロナウイルスに感染していることが確認されたと発表。1日の感染の確認が50人を超えるのは4日連続で、高止まり状態。58人のうち20代と30代は合わせて46人で、全体のおよそ79%。また、58人のうち、34人はこれまでに感染が確認された人の濃厚接触者で、24人は今のところ感染経路不明。あいかわらず、58人のうち32人は「夜の街」に関係する人で、ホストクラブなどの従業員や客だという。

 このほか介護老人保健施設の入所者で、70代から90代の男女あわせて4人が含まれている。これにより都内で感染が確認された人は、合わせて6171人になった。また29日の死亡者はなし。

 29日埼玉県の感染者13人

 埼玉県、さいたま市などは29日、あわせて新たに13人が新型コロナに感染していたことが確認されたと発表。さいたま市によると、この4人は大宮区のキャバクラ店の従業員で、10代の女性2人と30代の男性と女性。この店では28日までに8人の感染が確認されていたが、これでこの店の感染者はこれで12人となった。埼玉県内で発表された新型コロナウイルスの感染者数は、これで累計1119人となった。
 

●6月30日

 有効求人倍率1.2

 厚生労働省が30日に発表した5月の有効求人倍率は1.2倍で、前月から0.12ポイント低下した。下げ幅は、第1次石油危機に見舞われた1974年1月(0.2ポイント)に次ぐ過去2番目の大きさとなった。新型コロナウイルスの感染拡大が雇用情勢に影響している。低下は5か月連続で、2015年7月以来の低水準となった。ちなみに求人倍率は、求職者1人あたり求人が何件あるかを示し、数値が高いほど景気が良いとされる。2019年平均の有効求人倍率は、1.6倍だった。

 一方、総務省が30日に発表した労働力調査によると、5月の完全失業率(季節調整値)は2.9%で前月から0.3ポイト上昇し、3か月連続で悪化した。2017年5月以来、3年ぶりの水準。完全失業者数(同)は197万人で、前月より19万人(10.7%)増加。休業者数は前年同月比274万人増の423万人で、営業自粛や経営が悪化した企業の従業員による休業が引き続き多いとみられる。

 30日の東京都感染者、5日連続50人超

 東京都は30日、都内で新たに54人が新型コロナウイルスに感染していることが確認されたと発表した。1日の感染の確認が50人を超えるのは5日連続。54人のうち20代と30代は合わせて26人で、全体のおよそ半数を占める。

 また、54人のうち、26人はこれまでに感染が確認された人の濃厚接触者で、28人は今のところ感染経路不明。54人のうち15人は、「夜の街」のホストクラブやキャバクラ店の従業員や客などだという。また、家庭内での感染が合わせて9人となっているほか、20人規模の会食に参加した2人の感染が明らかになっている。これで都内で感染が確認された人は、合わせて6225人。またこの日、都内で死亡が確認された人はなし。

 東京都の感染者数の推移(日別) 出典:NHK新型コロナウイルス特設サイト

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 東京都の新たなモニタ

 東京都は30日、小池知事らが出席して「新型コロナ対策本部会議」を開いた。このなかで感染拡大の第2波に備えて見直しを進めてきた新たなモニタリング項目を取りまとめた。感染状況と医療体制を示す合わせて7つの項目で、具体的には新たな感染者数や感染経路がわからない人の数や増加比率、入院患者の数など。都は週1回をベースに専門家に、これら7項目の数値を前の週や緊急事態宣言が出されていた期間中の最大値と比較しながら分析してもらうという。

 東京都の新たなモニタリング 出典:NHK新型コロナウイルス特設サイト

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 その結果をもとに「モニタリング会議」を開いて現状を評価し、状況が悪化したと判断した場合は、都民に不要不急の外出自粛の協力など注意喚起を行うとしている。この新たなモニタリング項目には、都民に警戒を呼びかける基準となる数値は設けられてない。都は7月1日から試験的に運用し、早期に本格的に実施するという。「東京アラート」や数値基準のないモニタリング項目については、疑問視する声も強い。

 神奈川県の感染者31人

 横浜市は30日、28人が新たに新型コロナウイルスに感染したと発表した。市によると、新たに感染が確認されたのは20代から40代までの男女28人。横浜市で20人以上の感染者が発表されるのは、「緊急事態宣言」が出されていた4月23日以来。

 このうち26人は、市内のホストクラブの従業員が占めていて、いわゆる「夜の街」で接待を伴う飲食店などで感染が広がっている恐れもあるとして注意を呼びかけている。今月下旬に感染がわかった6人がこの店の従業員で、ほかの従業員を一斉にPCR検査をしたところ、大規模な感染が確認されたという。この店は関係する東京・新宿区のホストクラブと従業員の行き来があり、横浜市は感染経路を詳しく調べている。一方、利用客についてはこれまでのところ感染は確認されていない。

 一方、横浜市以外でも神奈川県で合わせて男性3人が新型コロナに新たに感染したと発表された。これで県内で発表された感染者は1500人で、うち96人が死亡している。

 30日の国内感染者138人

 30日は東京都で54人、神奈川県で31人など、ほかに空港の検疫で6人、全国で合わせて138人の感染発表があった。死者の発表はゼロ。

 日本国内の感染者数の推移(日別) 出典:NHK新型コロナウイルス特設サイト 

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 各自治体などによると、感染者の累計で、東京都は6225人、次が大阪府1833人、3番目は神奈川県は1500人、北海道は1263人、埼玉県は1129人、千葉県は957人など。このほか空港の検疫で314人、中国からのチャーター機で帰国した人と国の職員や検疫官などの感染は173人。これで国内で感染者の累計は、空港の検疫などを含め1万8769人、クルーズ船を合わせて1万9481人。また、亡くなった人は国内で感染した人が972人、クルーズ船を合わせて985人となった。

 また、厚生労働省によると、新型コロナウイルスへの感染が確認された人で、人工呼吸器や集中治療室などで治療を受けるなどしている重症者は30日の時点で、国内で感染した人などが42人、クルーズ船の乗船者が1人の合わせて43人。一方、症状が改善して退院した人などは、国内で感染した人が1万6631人、クルーズ船の乗客・乗員が658人の合わせて1万7289人。 

 新興・途上国でも猛威

 30日の朝日新聞の1面記事に、「世界の死者50万人 感染者1000万人」「コロナ 新興・途上国で猛威」の大見出し。概要は以下の通り。

 米ジョンズーホプキンス大によると世界の累計の感染者数は28日迄の集計で1014万5791人。国連の基準に基づいて、世界各国を「先進国」(36ヵ国)と、その他の「新興国・途上国」とに分けると、感染者は先進国が約429万人、新輿・途上国が約585万人となる。ブラジルやペルーなど中南米諸国での増加が最も目立ち、インドなど南アジアや中東、アフリカ諸国でも徐々に感染者数が増えている。

 世界保健機関(WHO)は、貧富の差が大きく、医療体制も脆弱な新興・途上国での感染拡大に警鐘を鳴らしてきた。行動制限が長引き、経済活動の再開に踏み切る国も増え始めているが、このまま新興・途上国で感染が広がり続けれぱ世界的な収束は見通せない。貧困層や難民の間での蔓延も現実の脅威となっている。

 「新たな震源地」となった中南米では、多くの国で大都市周辺にスラム街があり、貧困層が密集して暮らしている。医療熊勢も貧弱で、マスク着用などの予防法が十分に伝わっていない面もある。感染者数の多いインドでは、手洗い設備が整備されていない病院が多いとされ、貧困層の家庭内感染も目立つている。6月に入ってからレストランなどのなどの営業が再開され、感染者数の増加に拍車がかかっている。WHOのテドロスーアダノム事務局長は今月19日、「世界は新たな、危険な局面に人つている」と警鐘を嶋らした。

 中国で感染が広がり始めた今年1月から今月28日までの先進国と新興・途上国の感染者数の推移を比べると、先進国で4月に感染者が急増したのち、新興・途上国でも次第に感染数が増え始め、6月9日に先進国を上回った。先進国で感染拡大が穏やかになりつつある一方で、新興・途上国では増加傾向が続き、両者の差は広がっている。

 最近は、世界全体で1日当たり約17万人前後の感染が新たに確認されており、その約75%が新興・途上国の人たちだ。世界全体で見ると、4月下旬にいったん感染拡大のペースは減速したが、その後は新興・途上国での増加に伴つて再び上昇に転じている。

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 一方、世界全体の死者(50万人)は先進国が約31万人、新興・途上国が約19万人で、依然として先進国が上回る。ただ、新興・途上国の方が速いぺースで死者が出続けており、世界全体の新規死者数も、最近は再び増加の兆しが見られる。

 

 ★ ★ ★

 「緊急事態宣言」が5月25日に全面解除されてからの1か月余りで、接待を伴うホストクラブやキャバクラの従業員や客などのいわゆる「夜の街」関連の感染者は、東京など5都県で合計514人に上るという。5月25日から7月1日までの東京都内の感染者1145人中、「夜の街」感染者は計446人にも上る。東京都以外では、横浜市で32人、さいたま市15人、宇都宮市12人、福岡市9人の「夜の街」感染者が確認されている。5都県の「夜の街」感染者の合計は514人のうち、東京都はその8割以上を占める。

 都内の有名な歓楽街・歌舞伎町を抱える新宿区が、都内全体の7割。最近では池袋でも、感染者が目立つという。小池都知事は感染者の増加を、歌舞伎町の「夜の街」をターゲットにして警戒してきた。「夜の街」感染者の増加は、集中してPCR検査を実施しているという理由もある。20代・30代の若い男女がほとんどで、無症状や軽症が多いという。また「夜の街」の店は業界団体がないためコロナ対策が徹底されてないとか、マスクを付けないで接客しているのも増加の理由の一つとも聞く。これとは別に小樽市で、「昼カラ」と呼ばれるスナックのカラオケで高齢者のクラスター14人も出て驚いた。全国チェーンのカラオケ店が、コロナ対策を徹底して開店しているが、「昼カラ」にどこか甘さがあったのだろうか。

 6月29日の埼玉県発表によると、この2週間に確認された県内の感染者88人のうち、44人が東京都内で感染した疑いがあるという。大野埼玉県知事は、「最近2週間の新たな感染者の半数以上が、東京との関係が疑われ、接待を伴う飲食店に勤めていたり利用したりした人の感染が目立っている」と述べた。そのうえですでに県外移動が解除されている、「東京都内での大人数での会食や、繁華街に出かけることはできるだけ避けてください」と県民に呼びかけている。

 5月25日以降、営業自粛や外出自粛も段階的に解除されて、徐々に経済活動が再開されてきている。コロナの恐怖におののいた3、4月頃に対し、5月中旬頃から感染者は減少し、「コロナ対策も大事だが、経済活動も大事」とコロナに対する人々の向き合い方も変わってきた。感染者数が緩やかに増加傾向になるのは当然のことか。まだ第2波は起きてない。しかし米国を始め、他国の例のように再び増加に向かうことがないよう祈るばかり。

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