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2020年2月23日 (日)

有明海と諫早干拓堤防

  2020年2月18日(火)、長崎県諫早市の小長井町に行き、牡蠣焼きを食べ諫早湾干拓堤防道路をドライブ。

 

 諫早市の市街地を車で通り抜け、長崎本線と平行に走る国道207号線を佐賀方面に向かって北上。やがて有明海を右手に見ながら、諫早市街からおよそ30分ほどで、佐賀県との県境に近い諫早市小長井町遠竹。

 有明海を望む。左手の島は、佐賀県藤津郡太良町の竹崎島。周囲4Kmの火山島だという。

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 11:00頃、「牟田商店」の牡蠣小屋に入る。

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 「牟田商店」は、自家製粕漬けや海鮮の販売、海鮮の炭火焼や釜めしの食事処。

 手前にある牡蠣は、1かご1,000円。

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 昨秋の台風の影響で、小ぶりだという牡蠣やサザエなどを堪能する。

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 12:10牡蠣小屋を出て、元来た国道207号線を南下する。

 諫早市高木町で左折し島原・雲仙方面へ、諫早干拓の潮受け堤防の上を走る道路を進む。この堤防道路は、「雲仙多良シーライン」と呼ばれる国道251号線で、諫早市高木町と雲仙市吾妻町を結ぶ。

 諫早干拓堤防の北部排水門。

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 12:35、堤防の中央付近に駐車場やトイレのある休憩所がある。展望所へ渡る歩道橋もある。

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 展望所から南東の方角、島原半島の雲仙方面を望む。堤防の右手の濁った色が「調整池」、左手が有明海。

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 雲仙岳の主峰・普賢岳(標高1359m)が見える。

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 反対側は北西の方角、佐賀県との県境の多良山系。左手は「調整池」。

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 中央がテレビ塔が建つ五家原岳(標高1057m)。右手奥が多良岳(標高996m)だろうか。昨日の雪で冠雪している

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 休憩所には、ちょうど菜の花が咲いていた。秋には彼岸花が咲くという。左手が「調整池」。

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 南西の方角、「調整池」の向こうに干拓地、諫早市街。堤防で仕切られた広大な「調整池」は、「池」といっても「湖」のよう。

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 休憩所には、諫早湾干拓事業のや関連施設の説明板が立っていた。

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 説明板によると、事業に農地創設は672ha(主に畑作)、「調整池」の面積は2,600ha。諫早湾は元々遠浅だったところなので、「調整池」の水深は深い所でも約3.5mしかないそうだ。

 説明板の内容を要約すると、以下のようである。

 有明海は浅い海で、潮の満ち引きの差も6mと大きく、干潮時には沖合へ5~7Kmほどの干潟が現れるという。干潟には多いところで年々5cmの「ガタ土」が溜まるため、陸地の排水が難しくなるそうだ。有明海は、江戸時代以前から干拓が行われており、干拓と同時には排水をよくする取り組みが続けられてきた。

 しかし大雨や台風にょる高潮などで、これまで陸地では浸水、洪水の被害を受けてきた。諫早干拓の潮受堤防は、「調整池」を標高-1mに保たれていて、満潮や高潮の時も陸地の排水が出来るように排水門を開閉して水位を調整するという。

 更に堤防道路の南部水門を取り過ぎ、島原半島へ進む。

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 12:55、全長8Kmの干拓堤防道路を渡り切り、雲仙市吾妻町。島原鉄道に沿った国道251号線を走り、諫早市街へ。

 

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 ★ ★ ★

●小長井町(こながいちょう)

 北高来郡小長井町は2005年(平成17年)3月、諫早市、多良見町、森山町、飯盛町、高来町と合併して新しい諫早市となり、自治体としての小長井町は消滅した。そもそも小長井は、1889年(明治22年)に小川原浦村・長里村・井崎村の3村が合併し、それぞれの頭文字を取って北高来郡小長井村が成立。1966年(昭和41年)町制施行し、小長井町となった。 

 国道207号線沿いには、フルーツをかたどった「フルーツバス停」を散見した。地元ではお馴染みのこのバス停設置のきっかけは、1990年に開催された「長崎旅博覧会」で、長崎県の玄関口として訪れる人たちの心を和ませるため、当時の小長井町が整備したもの。

 グリム童話のシンデレラに登場するカボチャの馬車が、このアイディアのヒントになったという。イチゴ、メロン、ミカン、スイカ、トマトの5種類16基のフルーツを模したバス停が、国道沿いを中心に設置されているそうだ。

 インスタ映えするので写真を撮る観光客もいるようだが、撮りそびれたのでウィキペディア・コモンズから転用する。

Fruit_shaped_bus_stops_in_konagai_02t

 

●高来町(たかきちょう)

 高来町は、長崎県北高来郡にあった町。2005年(平成17年)3月、諫早市、多良見町、森山町、飯盛町、小長井町と新設合併し、新市制による諫早市の一部となり、自治体としての高来町は消滅した。

 そもそも高来町は、1889年(明治22年)の町村制施行により、北高来郡のうち、湯江村(湯江村・宇良村が合併)、小江村(小江村・犬木村が合併)、深海村(深海村・藤田尾村が合併)の3村が発足。1955年(昭和15年)、湯江村が町制施行し湯江町となる。1956年(昭和31年)、湯江町、小江村、深海村が1町2村が合併し、高来町となった。山域に多良岳県立公園が含まれる。

 

●吾妻町(あづまちょう)

 吾妻町は、長崎県の島原半島にあった町で、南高来郡に属した。2005年10月に周辺の国見町、瑞穂町、愛野町、千々石町、小浜町、南串山町の6町と合併し、雲仙市として市制施行。吾妻町は自治体として消滅した。現在、旧吾妻町役場に雲仙市役所本庁が置かれている。

 そもそも吾妻町は、1889年(明治22年)の町村制施行により南高来郡のうち、守山村(守山村・三室村が合併)、山田村(単独村制)の2村が発足。1954年(昭和29年)に守山村と山田村が新設合併して吾妻村が発足。村名の由来は、地域内にある吾妻岳にちなむ。1963年(昭和38年)、 吾妻村が町制施行し、吾妻町となった。特産品は、雲仙牛、ブロッコリー。

 

●諫早湾干拓事業

 干拓と埋め立ては違う。干拓は干潟や水深の浅い海を堤防で囲い込み、排水してやがて干上がり、陸地が開かれる。埋め立ては、堤防で囲った水を抜きながら、土砂や廃棄物を埋めて土地をつくる。干拓地は干上がった後、時間をかけて塩分を抜いて農地に、埋め立て地は工場や住宅地に利用される事が多い。干拓地は、特に満潮時には海水面より低い。

 諫早湾は、有明海の中央西岸に位置する。その湾を横断する干拓堤防道路「雲仙多良シーライン」は、諫早湾の干拓事業に伴って湾を締め切る為に造られた潮受堤防の上を走る道路で、2007年に開通。地元では「ギロチンロード」とも呼ばれるようだ。

 そもそも諫早湾の干拓事業が動き始めたのは、まだコメ不足や食糧難という事が叫ばれていた戦後間もない1952年(昭和27年)。当時の長崎県知事西岡竹次郎が、山が多い長崎県の平地を広げ、当時の食糧難を解決するために「長崎大干拓構想」として発案。

 広大な干拓地が得られ、農地の冠水被害(塩害)を防ぎ、農業用水も確保されるとされた。諫早を流れる本明川は数年に1度の頻度で氾濫、住民は水害に悩まされたと聞く。1957年(昭和32年)には500人以上が犠牲になった「諫早大水害」は記憶に残る。当時諫早市内には、水害を防ぐために多数の水門が備えられていた。見張り役が立って水門を開閉をしていたが、台風襲来時などは危険な仕事だった。また干潟では川の排水を促すために、大勢の住民が人力で「みおすじ」と呼ばれる溝堀り作業が行われていた。

 当初の計画では、諫早湾の11,000haを締め切って巨大な干拓地を造るものであった。しかし予算の関係で規模を1/3に縮小、農水省が実際に工事に着工したのは1989年(平成元年)。もはやコメ不足どころか減反政策により、米の生産調整がされるような時代。公共事業が一度動き出すとなかなか止められないのが国のやり方、「無駄な公共工事」と叫ばれている事例も全国各地にある。諫早湾には潮受堤防が建設され、1997年(平成9年)4月に堤防の水門が閉じられた。その10年後の2007年(平成19年)11月に完工式が行われ、12月に堤防道路が開通した。

 当然、干拓事業によりその恩恵を受けている農業者も多い。干拓堤防道路の休憩所にあった「諫早干拓事業」の説明板を見れば、大雨や高潮などの災害から地域を守るという大きな役割があるのは確かだろう。しかし一方で、諫早湾や有明海の環境破壊、生態系の大きな変化など、漁業者など被害を受けている人も多い。

 「開門だ」、「開門するな」、被害賠償支払い請求、制裁金支払い請求などの裁判の争いは、今もなお続いている。干拓事業の推進派、反対派、どちらが正しかったのか。干拓事業はどうあるべきだったのだろうか。いずれにせよ、何十年も争いが続く国の政策や事業は、成功したとは言えないのではないか・・・、考えさせられる。

 

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