映画「決算!忠臣蔵」
2019年11月22日 、『決算!忠臣蔵』のタイトルで劇場公開。年の瀬の国民的ドラマ「忠臣蔵」を題材に、限られた予算の中で仇討を果たそうとする赤穂浪士たちの奮闘を描いた時代劇コメディ。中村義洋監督、主演は堤真一と岡村隆史。
元禄時代の「赤穂事件」を題材とした人形浄瑠璃(文楽)や歌舞伎を始め、近代・現代でも講談、浪曲、演劇、映画、テレビドラマ、小説など、色々な解釈や視点、脚色を入れた多くの「忠臣蔵」が創られてきた。しかし、本作品のように「予算」をテーマにして描いたものは、かつてなかったと思う。
原作は、小説ではなく「元禄赤穂事件」の一級史料を読み解いた『「忠臣蔵」の決算書』。実際に大石内蔵助が残した決算書を基に、「討ち入り」のための金の動きと人の動きを解説したものだが、映画はそれをコメディとしてドラマ化した。

最近の松竹の時代劇映画は、『武士の家計簿』(2010年)、『武士の献立』(2013年)、 『超高速!参勤交代』(2014年)、 『殿!利息でござる』(2016年)、 『引っ越し大名!』(2019年)など、史料データを基にした作品が出てきて面白い。
新潮新書『「忠臣蔵」の」決算書』の帯。
映画のエンディングロールで、企画・配給は「松竹」だが制作幹事として「松竹」と「吉本興業」の名前が並んで出て来る。なるほど、吉本興業の芸人が何人かが出演している。
討ち入りのイメージのシーンは出てくるが、実際の討ち入りの場面がない忠臣蔵。しかも松の廊下も浅野内匠頭だけで、吉良上野介はスクリーンには出てこない。
城の明け渡しに「籠城だ!」、主君の仇に「討ち入りだ!」と声高に叫び、戦う事しか脳がない「番方」(武官系)たち。それでいて元禄の時代、彼らは実戦経験などはない。ふだんは彼らから下に見られている「役方」(文官系)の勘定方(財務担当)が言い返す。
勘定方の矢頭長助の息子は、矢頭右衛門七(えもしち、朝ドラ「なつぞら」の鈴鹿央士)。討ち入りした中で、大石内蔵助の息子・主税(ちから、子役で有名な鈴木福)の次に若い。父親が亡くなった後、母妹の世話に苦難したことで知られる。右衛門七は、主税と仲が良い。父親同士の長助と内蔵助は、同年齢で幼なじみという設定。二人の身分や石高は、月とすっぽん。しかし幼なじみのせいか、長助は家老の内蔵助にズケズケものを言う。
吉良邸討ち入りを明日未明に控えた日(元禄15年12月14日)、大石内蔵助は降りしきる雪の中、赤坂の南部坂上にある亡き主君の正室・瑶泉院が居る三次浅野家邸を訪れる。「討ち入りの日時の定まりしことか?」と問われて答えず、瑶泉院を怒らせてしまう。この「南部坂雪の別れ」の場面は、創作だ。
実際は、内蔵助は討ち入り費用の使途明細帳である11月29日締めの『預置候金銀請払帳(あずけおきそうろうきんぎんうけはらいちょう)』 と手形(領収書)を12月14日に使いの者が届けているが、その宛名は用人の落合与左衛門殿となっていてる。
また内蔵助が討ち入りのため、立花左近(または垣見五郎兵衛)になりすまして江戸に下る「大石東下り」の場面も、創作だそうだ。これらの場面は、この映画『決算!忠臣蔵』には出て来ない。
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史料『預置候金銀請払帳』 (箱根神社所蔵)の表紙。映画『決算!忠臣蔵』のパンフレットから転載。
金貨、銀貨と銭貨の間には両替商により、互いに変動相場で取引された。ほかに藩札などの紙幣も地方で流通していたが、全国で通用しなかった。金貨の通貨単位は両、小判1両=4分=16朱。重さ不定の丁銀と豆板銀は、天秤で目方を定めて通用する通貨で、通貨単位は重さの単位である貫(かん)、匁(もんめ)および分(ふん)が用いられたが、500匁毎に和紙で包んだ包銀として用いられることが多かったそうだ。
銀1貫は銀1000匁、銀1匁は銀10分。金貨と銀貨の換算率は日々変動していたが、元禄時代のこの請払帳では、1両=銀56匁としている。銭は、百文として麻紐に通した96文=銀15匁。
決算書に書かれているの入金(軍資金)の内訳は、複雑なので省略するが、大まかには次の2つである。
②藩の余り金・・・ 藩の財産をすべて処分し、藩士への割賦金(退職金)を払った残り。
一方、支出の内訳(金に換算)は、割合の高い順に並べると次の通り。
上方~江戸の宿泊費他の旅費総額は、1人片道3両(30万円)ほど。
②生活補助費・・・・・・・・・・ 132両1分(19.0%)
生活に困窮した同志たち(主に下級武士)への生活補助費。
③仏事費・・・・・・・・・・・・・・ 127両3分(18.4%)
京都瑞光に内匠頭の墓を建立し山を寄付した100両の他、法事費用。
④江戸屋敷の購入費・・・・・・ 70両(10.1%)
⑤御家再興の工作費・・・・・・ 65両1分( 9.4%)
⑥討入り装備費・・・・・・・・・・・ 12両( 1.7%)
⑦会議通信費・・・・・・・・・・・・・ 11両( 1.6%)
⑧その他・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31両1分2朱( 4.2%)
旅費・滞在費と生活費補助の①と②を合わせ、50%を超える。米価換算で1両は、現代で約12万円。支出総額は8,400万円ほどになる。
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