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2019年12月17日 (火)

映画「決算!忠臣蔵」

 2019年12月11日(水)、映画『決算!忠臣蔵』 を観る。

 
 東京大学史料編纂所教授・山本博文の著書『「忠臣蔵」の決算書』 は、2012年11月16日に新潮新書として刊行された。
 
 2019年11月22日 、『決算!忠臣蔵』のタイトルで劇場公開。年の瀬の国民的ドラマ「忠臣蔵」を題材に、限られた予算の中で仇討を果たそうとする赤穂浪士たちの奮闘を描いた時代劇コメディ。中村義洋監督、主演は堤真一と岡村隆史。
 
 映画『決算!忠臣蔵』のポスター。

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 時は元禄14年(1701年)3月14日。清廉・潔白な播州赤穂藩主・浅野内匠頭(阿部サダヲ)は、かねてから賄賂まみれで横柄な高家筆頭の吉良上野介の態度に据えかね、江戸城・松之廊下で斬りかかる。通常であれば喧嘩両成敗となるはずが、吉良にはお咎めなし。即日、浅野家お取り潰しと内匠頭の切腹が決まり、突然にも赤穂藩士たちは路頭に迷うこととなる。今で言えば、優良企業の倒産事件。威勢のいい者たちは、裏方の地味な仕事を軽んじるが、実際の仕事には役に立たず右往左往する。
 
 筆頭家老・大石内蔵助(堤真一) は、勘定方・矢頭長助(岡村隆史) の地道な力を借りて、財源の確保と残務整理に努める。やがて幕府への取次も虚しく、お家再興の思いは絶たれてしまう。浪人となった赤穂藩士の一部や、江戸庶民たちは、吉良への仇討ちを熱望する。しかし、討入りするにも多額の予算が必要。しかも討ち入りのチャンスは、1回だけだ。

 勘定方は、軍資金およそ800両(現代に換算して9,500万円)を溜め込んでいた。討入りか、討入らないのか、迷っているうちに予算はどんどん減っていく。果たして赤穂の浪士たちは「予算内」で、「仇討ち」という大プロジェクトを無事に「決算」することができるのだろうか。
 
 
 ★ ★ ★

 元禄時代の「赤穂事件」を題材とした人形浄瑠璃(文楽)や歌舞伎を始め、近代・現代でも講談、浪曲、演劇、映画、テレビドラマ、小説など、色々な解釈や視点、脚色を入れた多くの「忠臣蔵」が創られてきた。しかし、本作品のように「予算」をテーマにして描いたものは、かつてなかったと思う。

 原作は、小説ではなく「元禄赤穂事件」の一級史料を読み解いた『「忠臣蔵」の決算書』。実際に大石内蔵助が残した決算書を基に、「討ち入り」のための金の動きと人の動きを解説したものだが、映画はそれをコメディとしてドラマ化した。
 
 原作の山本博文著『「忠臣蔵」の決算書』の表紙。(映画鑑賞の同日購入)

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 中村義洋監督が時代劇を撮るのは、『殿、利息でござる!』(2016年)、『忍びの国』(2017年)に続き今回で3作目、コメディ時代劇に定評があるという。出演は、堤真一、岡村隆史、阿部サダヲのほか、濱田岳、横山裕、妻夫木聡、荒川良々、竹内結子、石原さとみ、西川きよし、大地康雄、木村祐一、西村まさ彦、橋本良亮、寺脇康文、上島竜兵、堀部圭亮、山口良一、鈴木福、千葉雄大、滝藤賢一、笹野高史と豪華キャスト。

 最近の松竹の時代劇映画は、『武士の家計簿』(2010年)、『武士の献立』(2013年)、 『超高速!参勤交代』(2014年)、 『殿!利息でござる』(2016年)、 『引っ越し大名!』(2019年)など、史料データを基にした作品が出てきて面白い。

 新潮新書『「忠臣蔵」の」決算書』の帯。

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 映画のエンディングロールで、企画・配給は「松竹」だが制作幹事として「松竹」と「吉本興業」の名前が並んで出て来る。なるほど、吉本興業の芸人が何人かが出演している。 

 コメディで、ボケ・つっこみの漫才調だ。 台詞は、すべて現代語の関西弁というか大阪弁。内蔵助の奥方・りく(竹内結子)は良いとしても、 江戸詰め赤穂の侍も、そして江戸から出たことのないはずの浅野内匠頭の正室・瑶泉院(石原さとみ)も関西弁なのはおかしい。赤穂といえば兵庫県の西部、関西には違いないが、この地域には播州弁というのがあるらしいが・・・。

 討ち入りのイメージのシーンは出てくるが、実際の討ち入りの場面がない忠臣蔵。しかも松の廊下も浅野内匠頭だけで、吉良上野介はスクリーンには出てこない。

 城の明け渡しに「籠城だ!」、主君の仇に「討ち入りだ!」と声高に叫び、戦う事しか脳がない「番方」(武官系)たち。それでいて元禄の時代、彼らは実戦経験などはない。ふだんは彼らから下に見られている「役方」(文官系)の勘定方(財務担当)が言い返す。
 
 「銭の勘定できん侍は、何をさしても”でくの坊”」

 勘定方の矢頭長助の息子は、矢頭右衛門七(えもしち、朝ドラ「なつぞら」の鈴鹿央士)。討ち入りした中で、大石内蔵助の息子・主税(ちから、子役で有名な鈴木福)の次に若い。父親が亡くなった後、母妹の世話に苦難したことで知られる。右衛門七は、主税と仲が良い。父親同士の長助と内蔵助は、同年齢で幼なじみという設定。二人の身分や石高は、月とすっぽん。しかし幼なじみのせいか、長助は家老の内蔵助にズケズケものを言う。

 矢頭長助は史実でも、赤穂城の明け渡し後も大石内蔵助のもとで藩政の残務処理にあたった。残務処理が終わった後、矢頭一家は大坂の堂島へ移ったが、この頃から父は病に冒され寝たきりになった。その後は17歳の右衛門七が、父親の代理として同志グループに加わる。長助は元禄15年(1702年)8月、討ち入りを待たずに病気で亡くなっている。しかし映画では、討ち入りに反対する浅野家親戚筋の刺客に、内蔵助と間違われて駕籠の中で殺されてしまう。

 昔から日本人は「滅びの美学」、「忍耐のドラマ」、「アンハッピー・エンド」が好きだ。日本人のDNAなのか、そんなドラマに心に響き、共感を得る。「源義経」、「楠木正成」、「赤穂浪士」、「真田幸村」、「白虎隊」・・・。外国人には、理解しにくいストーリーだ。 しかしイギリスには、「フランダースの犬」という悲しい物語がある。
 
 吉良邸討ち入りを明日未明に控えた日(元禄15年12月14日)、大石内蔵助は降りしきる雪の中、赤坂の南部坂上にある亡き主君の正室・瑶泉院が居る三次浅野家邸を訪れる。「討ち入りの日時の定まりしことか?」と問われて答えず、瑶泉院を怒らせてしまう。この「南部坂雪の別れ」の場面は、創作だ。

 実際は、内蔵助は討ち入り費用の使途明細帳である11月29日締めの『預置候金銀請払帳(あずけおきそうろうきんぎんうけはらいちょう)』 と手形(領収書)を12月14日に使いの者が届けているが、その宛名は用人の落合与左衛門殿となっていてる。

 また内蔵助が討ち入りのため、立花左近(または垣見五郎兵衛)になりすまして江戸に下る「大石東下り」の場面も、創作だそうだ。これらの場面は、この映画『決算!忠臣蔵』には出て来ない。



 ★ ★ ★

 史料『預置候金銀請払帳』 (箱根神社所蔵)の表紙。映画『決算!忠臣蔵』のパンフレットから転載。
 
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     元禄十五年 
   預置候金銀請払帳 
        大石内蔵助
     午 十一月

 討ち入り費用総額は、映画では800両、現代の価値に換算して9,500万円。しかし新書『「忠臣蔵」の決算書』では700両、(約8,400万円)とある。映画が100両多いが、何故だろうか。映画では大石が討ち入りの前、瑶泉院のもとに決算書を持って行くが、お目通りはかなわず、用人の落合与左衛門にこの決算書を渡す。しかし内蔵助が帰った後、決算書の入っていた小箱の中から100両の現金が出て来る。それは浪士の子供たちの助命嘆願のための資金という「落ち」だ。瑶泉院の働きもあって、島流しとなった子供たちは、わずか3年で帰宅が許されたという。

 新潮新書『「忠臣蔵」の」決算書』によると、預り金(収入)総額は金貨に換算して691両。支出総額は、697両1分2朱。不足分約7両1分は、内蔵助が私費で支払いをしたと書かれている。江戸時代の貨幣制度は、金(小判=一両、一分金、二朱金)、銀(丁銀、豆板銀)、および銭(寛永通宝の銅貨)という基本通貨が流通した。それらの換算がややこしくて、現代人にはピンと来ない。

 金貨、銀貨と銭貨の間には両替商により、互いに変動相場で取引された。ほかに藩札などの紙幣も地方で流通していたが、全国で通用しなかった。金貨の通貨単位は両、小判1両=4分=16朱。重さ不定の丁銀と豆板銀は、天秤で目方を定めて通用する通貨で、通貨単位は重さの単位である貫(かん)、匁(もんめ)および分(ふん)が用いられたが、500匁毎に和紙で包んだ包銀として用いられることが多かったそうだ。

 銀1貫は銀1000匁、銀1匁は銀10分。金貨と銀貨の換算率は日々変動していたが、元禄時代のこの請払帳では、1両=銀56匁としている。銭は、百文として麻紐に通した96文=銀15匁。
 
 決算書に書かれているの入金(軍資金)の内訳は、複雑なので省略するが、大まかには次の2つである。

 ①化粧料・・・ 瑶泉院の嫁入りの時の持参金(化粧料)を赤穂の塩問屋に貸し付けていたが、お家取り潰しのため元金を引き上げ、瑶泉院に返金した残りを拝領した。
 ②藩の余り金・・・ 藩の財産をすべて処分し、藩士への割賦金(退職金)を払った残り。
  
 一方、支出の内訳(金に換算)は、割合の高い順に並べると次の通り。

 ①旅費・江戸逗留費・・・・・ 248両(35.6%)
  上方~江戸の宿泊費他の旅費総額は、1人片道3両(30万円)ほど。
 ②生活補助費・・・・・・・・・・ 132両1分(19.0%)
  生活に困窮した同志たち(主に下級武士)への生活補助費。 
 ③仏事費・・・・・・・・・・・・・・ 127両3分(18.4%)
  京都瑞光に内匠頭の墓を建立し山を寄付した100両の他、法事費用。 
 ④江戸屋敷の購入費・・・・・・ 70両(10.1%)
  同志の宿舎(アジト)にするため古屋敷を購入、後に火事で焼失。
 ⑤御家再興の工作費・・・・・・ 65両1分( 9.4%)
 ⑥討入り装備費・・・・・・・・・・・ 12両( 1.7%)
 ⑦会議通信費・・・・・・・・・・・・・ 11両( 1.6%)
 ⑧その他・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31両1分2朱( 4.2%)

 旅費・滞在費と生活費補助の①と②を合わせ、50%を超える。米価換算で1両は、現代で約12万円。支出総額は8,400万円ほどになる。
 
 映画では赤穂の火事装束が、ある場所に保管されていて人数分の討ち入り装束の購入経費が助かったとある。忠臣蔵の討ち入り時の火事装束は、歌舞伎の世界で創作されたものだそうだ。実際は、黒い小袖を着用し、股引・脚絆・草鞋(わらじ)という出で立ちとする申し合わせだったようだ。装束は赤穂浪士のそれぞれ個人によって異なっていたが、全体的には薄黒い色で、火事装束に似ていたものだったらしい。
 
 先立つお金がなければ、忠義だけでは討ち入りは達成できなかった。『決算!忠臣蔵』では、コメディとはいえ内蔵助や勘定方が、いかにお金に苦労したかがよくわかる映画だった。

2019年12月14日 (土)

比企・奥武蔵の紅葉スポット

 2019年12月6日(金)、埼玉県の比企、奥武蔵地域の紅葉スポットを巡る。
 

●岩殿観音正法寺(東松山市)10:00~10:40
  
 正法寺は、真言宗智山派の寺院。山号は巌殿山(いわどのさん)。坂東三十三箇所の十番札所で、「岩殿観音」の通称で知られる。
 
 寺伝によれば718年(養老2年)、 沙門逸海が岩殿山の岩窟に千手観音を安置して開山。鎌倉時代に源頼朝の命で比企能員が復興。頼朝の妻・北条政子の守り本尊と伝わる。能員が北条時政のために自害をせまられて死去すると、その嫡子時員は追手を逃れて出家し、この寺を守ったという。1591年(天正19年)に、徳川家康から寺領25石の朱印地を与えられる。

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 境内の大銀杏の黄葉まだこれから。

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 樹齢700年を超える大銀杏は、市指定文化財天然記念物。

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 大銀杏は周囲は11mあり、埼玉県内でも最大級の大きさ。江戸時代には「養老木」と呼ばれ、安産・子育守護の対象として信仰された。

 境内の周りの石崖には、四国八十八ヶ所の写本石仏が安置。四国八十八ヶ所を参拝したのと同じ御利益が得られるのだそうだ。

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 観音堂は、寛永・天明・明治と3度の火災に見まわれ、現在の観音堂は明治12年に高麗村(現在の飯能市)の長念寺から移築されたもの。

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 観音堂の本尊である千手観音菩薩座像(室町時代の作とされる)は秘仏のため、厨子の扉は閉ざされ、普段は脇に控えた写本尊を拝む。午年に御開帳があるという。 

 参道からの石段の途中にある「巌殿山」の額を掲げた仁王門。右手に本堂があり、長い石段の先に観音堂がある。ガラスの中の仁王像は、運慶作とされたが江戸時代に焼失し、文化年間に再建されたもの。

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 物見山(標高135m)の山腹の急傾斜地を切り崩したような場所にあり、山寺の雰囲気が漂う。仁王門から延びる表参道の両脇には家が建ち並んでおり、かつての門前町の面影を残す。現在、寺の裏手には県道212号線が通っているため、正法寺への参拝者も表参道よりも、この県道から観音堂へ来る人がほとんど。

 

●東郷公園秩父御嶽神社(飯能市)11:50~12:45
 
 公園や境内の美しいモミジやカエデは、埼玉県でも有数の紅葉の名所。 

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 11月15日~30日が「もみじまつり」。期間中の入山料100円、駐車場500円。前夜祭11月23日(祝)、本祭は24日(日)に行われたようだ。

 「もみじまつり」が終わり、カエデやモミジの紅葉は盛りを過ぎている。

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 秩父郡坂石(現:飯能市坂石)の百姓庄吉の長男の鴨下清八は、久保新衛門、井上頼圀に師事して国学を修め、17歳のとき母の危篤で木曽御嶽の信徒となって修行。母が平癒したため、その神徳を深く信じた。

 清八は、1894年(明治27年)に「秩父御嶽(おんたけ)神社」を創建。信州木曾御嶽山を本山と仰ぎ、その分霊を祀る御嶽信仰の神社。生涯を賭して、東郷公園として整備した。

 公園の名前となった東郷元帥の銅像が建つ。

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 清八は日露戦争後、東郷平八郎元帥の精神を普及させようと銅像の建立を発案し募金を行い、何度も元帥の自宅を訪れ銅像建立の許可を求めた。当時は、元帥の徳を慕い銅像建立の許しを願う者が後を絶たなかったが、元帥は断じてこれを許すことはなかった。清八は、元帥と親交のある陸軍予備役・堀内文次郎中将を通して説得。ついに元帥の銅像が完成、1925年(大正14年)4月17日の除幕式には東郷元帥のご臨席を仰ぎ、堀内中将、衆議院議長、海軍幹部らが参列した。 

 秩父御嶽神社の境内は1万5千坪、 東郷元帥像が建てられてからは「東郷公園」と呼ばれている。公園内にはほかに、乃木希典陸軍大将銅像、日露戦争の遺物(ロシア製大砲、戦艦三笠被弾甲板)、海軍省から下賜された記念品、乃木神社、東郷神社が点在する。 

 東郷元帥が乗っていた戦艦「三笠」のロシア戦艦から攻撃を受けた被弾甲板。

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 公園内は迷路のような坂道、やっと秩父御嶽神社への長い石段をみつける。

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 この石段を登るには、相当な覚悟は必要。 紅葉も終わっているし、右手の坂道を上り、急階段を登ると秩父御嶽神社の「祈祷殿」。

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 この辺りには、洋風の別荘のような「至誠館」、小さな祠の「乃木神社」、日本海海戦の古びた絵が掲げてある殺風景な「東郷神社」がある。

 ともかく、山自体が公園(境内)、参道は急な坂道、石段が続き、体力勝負。公園内に植えられたモミジやカエデは、春の新緑時期(4月上旬)、秋の紅葉時期(11月中旬)には、多くの参拝客が訪れるという。

 飯能の市街地へ下りて、「ガスト飯能店」にて昼食。 




●天覧山能仁寺(飯能市)14:25~15:20

 仁王像が建つ山門から境内に続く参道のモミジ・カエデの紅葉は、ここでも盛りが過ぎている。
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 天覧山(標高197m)の南麓に建つ「能仁寺」の創建は、室町時代中期。飯能地方の領主・中山家と黒田家の菩提寺となり、江戸時代には将軍家の庇護のもと栄華をきわめたという。1868年(慶応4年)の「飯能戦争」の本陣となり建物と多くの宝物や古文書が焼失している。
 
 1936年(昭和11年)に本堂が再建、1976年(昭和51)年から復興を続け、現在では山門、位牌堂、大書院、鐘楼、大庫院が完成している。

 山門からの石灯籠が並ぶ砂利道の参道は風情があり、秋の紅葉の頃は撮影スポットで有名だそうだが、すでに葉は枯れていて残念。広大な境内は、手入れが良くゆきとどいている。本堂の北庭には桃山時代(1573~1615)の造園とされ、市の指定文化財の日本名園百選の「池泉鑑賞式逢庭園」(本堂拝観料300円)があるそうだ。

 能仁寺の本堂。
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●武蔵丘陵森林公園(滑川町)16:45~18:00

 12月1日(日)で「紅葉見ナイト」は終わり、6日(金)から「スターライト・イルミネーション」が始まる。

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●追記

 1週間前(11月29日)の武蔵丘陵森林公園の「紅葉見ナイト」

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