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2019年8月の1件の投稿

2019年8月11日 (日)

川の博物館

 2019年8月8日(木)、埼玉県立「川の博物館」(大里郡寄居町)に行く。


 「川の博物館」は、川のテーマパーク。埼玉の母なる川「荒川」を中心に、河川や水と人々のくらしについて展示や体験学習ができる。1997年(平成9)8月「埼玉県立さいたま川の博物館」として開館。2006年(平成18)4月には県立博物館等の再編に伴い、長瀞町にある「埼玉県立自然史博物館」と統合して「埼玉県立自然と川の博物館」として再編され、現在の名称となった。略称は、「かわはく」。

 

 9:00開場と同時に入場。駐車料金300円。入場料金は、一般410円、学生200円、中学生以下無料 。

 

●レストハウス(9:00~)

 レストハウス(写真手前の建物)の1階は、休憩ホール、ミュージアムショップ。2階は大水車を望むレストランとなっている。

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●大水車

 大水車は1997年(平成9年)「かわはく」の開館に合わせて作られた。当時は直径は23m、日本一の大きさを誇ったが、2004年(平成16年)に岐阜県で直径24mの大水車が完成、「日本一」の座を譲る。

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 2015年(平成27年)、老朽化により木部が腐食し一部破損するなどしたため回転を停止。2017年(平成29年)から改修工事が行われ、2019年(令和元年)7月に直径24.2m、再び「日本一の大水車」が完成した。

 

●荒川わくわくランド(9:30~)

 水のアスレチック施設。入園料:一般210円、中学生以下100円。利用時間1時間で入れ換え、予約制。

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 スイスイアメンボ、ふらふらフロートなどのオリジナル遊具にチャレンジしながら、水の流力・浮力・圧力・抵抗の学習ができるという。

 

●水車小屋広場

 埼玉県内に残っていた水車2棟を解体して、「かわはく」敷地内に復元した。

・玄米の糠(ぬか)を取り除き、白米にする精米水車。

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 東秩父村大内沢で1945年(昭和20年)頃まで稼働していたが、その後花園町の旧家で庭園の一部として保存されていた。

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 水車の回転を横棒が伝え、2本の杵(きね)で地面下の臼を突き精米する。

・コンニャクのアラコ挽きの水車

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 皆野町の下日野沢で1960年(昭和35年)頃まで使用されていた水車。薄く切ったコンニャク芋を乾燥させ、その乾燥荒粉を水車で挽いてコンニャク粉にする。「荒川」支流の「日野沢川」から水を引いて水車を回していた。鉄製の水輪は直径が7.3m。建物は、実際とは異なっていたそうだ。

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 鉄製の水車、木製の歯車やプーリベルトなどの近代的な機械要素と、杵や臼などの昔ながらの部品がうまく組み合わされているそうだ。

 

●本館の建物(11:00頃~)

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・本館1階の第二展示室

 2019年9月1日(日)まで特別展「根・子・ねずみ~ネズミワールドへようこそ~」が開催中。古代から現代までの人とネズミの関わりやネズミ生態など、絵画や民芸品、剥製や骨格標本などで紹介。

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 ネズミは、人家付近に生息するクマネズミ、ドブネズミ、ハツカネズミといった「家ネズミ」はよく聞く。しかし、野山にもカヤネズミやアカネズミ、ヒメネズミなどの「野ネズミ」がいるのは、あまり知られてない。

 荒川の河原にも、カヤネズミやアカネズミが多く生息しているとは、初めて知る。ネズミの剥製、写真などの資料の展示のほか、カヤネズミが飼育展示されていた。

 カヤネズミとススキに作られた巣。(写真が撮れなかったので、ウィキペディアコモンズから転載)

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 ・本館2階~1階の第一展示室(常設展示)

 「荒川と人々のくらしとの関わり」がメインテーマ。鉄砲堰(てっぽうぜき)の実演、荷船(にぶね)、船車(ふなぐるま)などの展示。正面スクリーンでパノラマ映像の上映。江戸時代の荒川は、多くの船が行き交い、海上輸送が発達していたことを改めて学ぶ。

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 鉄砲堰(下の写真)は、木材運搬(流送)のために使われた堰(せき)。

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 河川の流量が比較的大きい場所では、筏(いかだ)流しが行われたが、上流の急流部の渓流では丸太で堰(ダム)を建設し、水を貯めてから破堤させ木材を下流に流送した。実際に水を流す実演があるがスキップ。

 中央の小屋(下の写真)は、船車(ふなぐるま、水車船)。岸辺に船を繋ぎ、水車を川の流れで回して穀物などを挽く。

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・本館3階の展望塔

 展望塔に上ると、駐車場の向うに実際の「荒川」が流れる。 

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 冬になると、この展望塔から「谷川連峰」、「赤城山」、「男体山」を眺めることもできるそうだ。

 眼下に屋外展示の「荒川大模型173」が見える。右手が荒川の下流にあたる。

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 12:00~、レストハウスに戻り昼食。

 

●荒川大模型173(13:00頃~)

 荒川の総延長は173km。この模型は、「荒川」の源流(甲武信岳)から河口(東京湾)までの流れと地形を、1/1000に縮小した「日本一」の大きさの地形模型。以前、テレビ朝日の番組「タモリ倶楽部」でも、取り上げられていた。

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 山梨・長野・埼玉の三県の県境に位置する「甲武信岳」(こぶしだけ、標高2,475m)から、「荒川」の下流方向を望む。「甲武信岳」東斜面の標高2,200mにある赤丸の標識が、「荒川」の「源流点」。その先の黄色い標識が、国交省が定める「起点」。(写真をクリックすると拡大表示)

 秩父山地から水を集め、秩父盆地を流れる荒川。右岸にオレンジ色の秩父市街地。

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 荒川に架かる橋は、手前から「秋ヶ瀬橋」(県道40号と県道79号)、JR武蔵野線の鉄橋、東京外環道路の「幸魂大橋」、国道17号の「笹目橋」と「戸田橋」、JR東北本線の鉄橋、国道122号線の「新荒川大橋」・・・と続く。

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 グリーンは河川敷の公園など。荒川と並行する赤茶色のラインは堤防。オレンジ色は川口市、ピンクの部分は東京都。

 写真上部のグリーン部分、写真では分かりにくいが、「新荒川大橋」の先(川口市と東京都の境界付近)に「岩淵水門」、その下流に「隅田川」が蛇行して流れる。

 「荒川」本流(荒川放水路)は、下の写真左上で東京湾に注ぐ。その河口の少し先にあるグリーンの公園(若洲海浜公園)の端にある黄色い標識が、「荒川」の「終点」。写真中央を流れるのは、「荒川」と分かれた「隅田川」。

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●渓流観察窓

 荒川に棲息する川魚が観察出来る。写真は、イワナとヤマメの水槽。

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●大陶版画「行く春」

 本館の外壁に、明治から昭和にかけて活躍した日本画家・川合玉堂(1873-1957)の筆になる重要文化財「行く春」(六曲一双屏風)を、長さ22m、高さ5mの大陶板画(信楽焼)にして複製展示。屋外に展示した日本画の大型美術陶板としては、「日本一」の大きさ。 

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 「行く春」は、1916年(大正2年)に長瀞(ながとろ)・寄居方面を訪れた玉堂が、桜咲く長瀞の「荒川」に浮かぶ三隻の船車(ふなぐるま、水車船)を描いている。第10回文展出品作。現在は東京国立近代美術館が所蔵、重要文化財に指定。

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●アドベンチャーシアター(14:00~14:30)

 上映作品は、「荒川 森と海を結ぶ旅」と「小さな世界はワンダーランド」の2本。鑑賞料金:一般430円、中学生以下210円。

・「荒川 森と海を結ぶ旅」(約20分)

 荒川の源流域に降った「一粒の水」が、荒川の源流域から東京湾までの173kmを動物・植物・地形などの自然、歴史や祭りに出逢う旅をする。映像にあわせて座席が動き、荒川の流れや空からの眺めを疑似体験する。

・「小さな世界はワンダーランド」の一部 (約12分)

 アリゾナの砂漠に暮らす小動物(マウス)が自然界で成長していく3D映像の物語(BBCアース制作)。

 

 15:30頃、「かわはく」を退場。

 この日の寄居町は晴れ、最高気温37℃。連日の「猛暑日」であった。

 

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 ★ ★ ★

●荒川の歴史

 「荒川」は古くから「利根川」の支流で、関東平野に出た後、現在の熊谷市近辺で「利根川」と合流していた。合流後は、5,000年前頃までは現在の「荒川」の流路を通ったが、3,000年前頃からは現在の加須市方向へ向った後、南下して東京湾へ注いでいたそうだ。「利根川」と「荒川」の川筋は安定せず、また次第に並行した流路となり、両者の合流点は次第に下流へ移動した。「荒川」の名は「荒ぶる川」を意味し、有史以来数知れないほど洪水を繰り返し、下流域は未開の低湿地であった。

 今から約400年前の家康が関東にやって来た頃、「荒川」は現在の「元荒川」の川筋を通り、現在の越谷市・吉川市付近で「利根川」と合流して東京湾に注いでいた。徳川幕府は洪水の被害を防ぎ、かつ多くの耕作地を造りだすため、「利根川」と「荒川」の流路を変更することを考えた。

 1629年(寛永6年)幕府の関東郡代・伊奈忠次らが、現在の熊谷市久下で「荒川」の流路を締切り、「入間川」に流れるように付け替えた。元の流路は、熊谷市で「荒川」から離れて吉川市で「中川」と合流する「元荒川」となった。一方で「利根川」は、東に瀬替え(「利根川東遷」)して「渡良瀬川」に付け替え、「古利根川」流路から「江戸川」の流路を流れるようになった。なお江戸時代の「利根川東遷」事業は、約60年間にわたって少しずつ東へと流れを移し、それまで東京湾に向かっていたが、現在のように千葉県銚子市で太平洋に注ぐようになった。

 付け替え後の「荒川」(元の「入間川」)は、下流で現在の「隅田川」の流路を通っていた。この部分は流速が遅く、台風で大雨が降るとしばしば溢れて江戸の下町を浸水した。しかし「荒川」の河川舟運にとっては、この瀬替えによって水量が増えたことにより物資の大量輸送が可能となり、交通路としての重要性を高めたのだった。

 1910年(明治43年)8月、関東地方では長雨と台風が重なり、「荒川」(現「隅田川」)を含む「利根川」や「多摩川」などの主要河川が軒並み氾濫、埼玉県内の平野部全域を浸水、東京下町にも甚大な被害を出し、明治以降最大の関東大水害が発生した。長年、豪雨災害によって被害を受けていたこともあり、翌1911年(明治44年)政府は根本的な首都の水害対策を利根川や多摩川に優先し、「荒川放水路」の建設を決定する。
 

●荒川放水路

 内務省によって調査と設計準備、用地買収を進められ、放水路の開削工事に着手したのは1913年(大正2年)。この工事は、当初10年という予定を大幅に超え、関連工事の完了まで17年間という歳月、予算の2.5倍にも及ぶ莫大な工事費を費やした。また、工事の出水や土砂崩れなど多くの災害により30名近くの犠牲者も出した。工事中にも幾度も台風に襲われ、工事用機械や船舶が流出したほか、関東大震災では各地の工事中の堤防への亀裂、完成した橋梁の崩落、更に第一次世界大戦に伴う不況や物価高騰も難工事に追い打ちがかかった。

 1924年(大正13年)の「岩淵水門」完成により放水路への注水が開始され、関連作業が完了したのは1930年(昭和5年)。「荒川放水路」は荒川のうち、「岩淵水門」から江東区・江戸川区の区境の「中川」河口まで掘削された人工河川。全長22 km、幅約500 m。それ以後、東京は大洪水に見舞われることは無くなった。「荒川放水路」は、1965年(昭和40年)に正式に「荒川」の本流とされ、それに伴い「岩淵水門」より分かれる旧「荒川」が「隅田川」となった。

 「荒川」と「隅田川」の分岐にある「岩淵水門」は、運用を終了し、「新岩淵水門」(ウキペディアコモンズ)が1982年(昭和57年)に竣工。

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 「荒川」の本流となった「荒川放水路」と「清砂大橋」(ウキペディアコモンズ)。

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 「荒川」河口近くに架かる「清砂大橋」は、東京メトロ東西線と東京都道・千葉県道10号東京・浦安線が通る。
 

●カスリーン台風

 1947年(昭和22年)9月、カスリーン台風により山間部の土石流や河川の氾濫が相次ぎ、「荒川」と「利根川」堤防の一部が決壊、明治以来の大洪水被害で戦後間もない関東地方で甚大な被害が発生した。これを機会に政府は、水害による大都市への被害を防ぐことを目的に、本格的な治水事業に乗り出す。荒川・利根川を始め全国10水系を対象に「河川改訂改修計画」を策定、ダムによる計画的な洪水調節を計画。「二瀬ダム」は、荒川流域に最初建設された多目的ダムで、1953年(昭和28年)着工、1961年(昭和36年)に完成した。「かわはく」に展示されている「荒川大模型173」には、「二瀬ダム」のほか「滝沢ダム」、「浦山ダム」、「合角ダム」、「玉淀ダム」の5つのダムを見つけることが出来る。


●荒川の川幅日本一

 荒川の中流域は、堤外地(堤防に挟まれ川が流れて側)が広くとられている。これは、洪水時に遊水地としての役割を果たす。最も広いのは、吉見町と鴻巣市を結ぶ「糠田(ぬかた)橋」と下流の「御成(おなり)橋」の中間付近で、「川幅日本一」の2,537 m(堤防から堤防までの距離) 。このため河川改修によって堤外地に多数の集落が取り残された。これらの集落は、さらに水害の被害が増したため集団移転するなど、徐々に堤内地への移転が進んだ。しかし、付近に農地を持つ住民にとっては先祖からの土地から離れることを拒んだ。そのため、危険を冒して堤外地に住み続ける住民や、堤外地であるが横提(増水時に流れを滞留させるため川に向かって直角に突き出た堤防)の上に移住した住民も多いという。この付近の航空写真をGoogleマップで見ると、その様子がよく分かる。

●埼玉県立のミュージアム

 埼玉県立の博物館、美術館、動物園、水族館などの県内の文化施設を調べたら、意外に多くて主なもので次のようであった。

 ・近代美術館(さいたま市浦和区)、さいたま文学館(桶川市)
 ・自然の博物館(秩父郡長瀞町)、川の博物館(大里郡寄居町)
 ・歴史と民俗の博物館(さいたま市大宮区)、さきたま史跡の博物館(行田市)、嵐山史跡の博物館(比企郡嵐山町)
 ・平和資料館(東松山市)、埼玉伝統工芸会館(比企郡小川町)
 ・こども動物自然公園(東松山市、鳩山町)、 さいたま水族館(羽生市)

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