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2019年7月18日 (木)

信州塩田平-その1

 2019年7月13日(土)、信州塩田平と別所温泉の歴史探訪。

 

 塩田平(しおだだいら)は、長野県東信地方の上田盆地、千曲川の左岸にある河岸段丘。かつては「塩田北条氏」三代の居城「塩田城」があり、その周りには神社仏閣が点在、「信州の鎌倉」と呼ばれ、現在なおその面影を残す。

 「生島足島神社」(上田市下之郷)、「前山寺」(上田市前山)と「安楽寺」(上田市別所温泉)の駐車場に車を駐め、それぞれ周辺の名所旧跡を徒歩で巡る。

 

 7:20、レンタカーに参加者が同乗して出発、関越道、上信越道を走る。

 8:55、上信越道の東部湯の丸ICで高速を降り、千曲川を渡って上田市下之郷の「生島足島神社」の駐車場に車を駐める。

 
●生島足島(いくしまたるしま) 神社 9:15~9:50

 万物を生み育て生命力を与える生島大神(いくしまのおおかみ)と国中を満ち足らしめる足島大神(たるしまのおおかみ)を祀る。

 「生島足島神社」は少なくとも平安時代からの古社で、戦国時代には武田氏や真田氏などの信仰を受け、また江戸時代は上田藩主の厚い庇護を受けた。

 「神池」という池の中の小島「神島」に「御本社」がある。「神島」に渡るための屋根付きの朱塗りの「御神橋」。

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 「御池」に浮かぶ「神島」に鎮座する「御本社」。

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 「御本社」に行くには、「御神橋」の左手にある「参橋」を渡る。

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 本殿に参拝。本殿内殿の土間(大地そのもの)が御神体だそうだ。

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 摂社「諏訪神社」(下宮)は、上宮の「御本社」と向かい合う位置にある。

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 上の写真の右隅に、樹齢800年の「夫婦欅(めおとけやき)」と呼ばれる御神木がある。この「諏訪神社」の本殿は、1610年(慶長15年)に真田信之が再建した。

 境内には、江戸期農村歌舞伎の姿を残す「歌舞伎舞台」がある。

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 「せり上がり」や「廻り舞台」装置があり、観客席は舞台前の平地で、花道は左手に架設されたという。江戸~明治時代にかけて建築された農村歌舞伎舞台として、県内では最大規模、全国でもトップクラスだそうだ。

 「生島足島神社」には、国指定重要文化財の武田信玄の必勝を神に祈った「願文(がんもん)」、家臣団に忠誠を神に誓わせた「起請文(きしょうもん)」、真田昌幸・信幸親子が神社に与えた公文書「朱印状」など、数多くの古文書を所蔵する。「歌舞伎舞台」の館内には、これら文書のコピーが常設展示されていた。入館無料、撮影禁止。


 上田市下之郷の 「生島足島神社」から10分ほど、次の目的地の上田市前田の「前山寺」に近い「山王山公園」駐車場に10:00車を駐める。8年前に行った戦没画学生慰霊美術館の「無言館」は、この近くにある。ここから塩田平の田園の見晴らしが良い。

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●前山寺(ぜんざんじ) 10:05~10:20

 「山王山公園」駐車場に車を駐めたが、「前山寺」により近い所に、空いている駐車場が2ヶ所ほどあった。

 5分ほど歩くと、立派な黒い冠木門(かぶきもん)。冠木門とは、門柱に貫(ぬき)をかけただけの屋根を持たない門。

 冠木門から先は結界(聖と俗を分ける堺)とされ、緩やかな石畳の坂と赤松や欅(ケヤキ)の巨木に囲まれた参道並木が100mほど続く。

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 参道の左手に建つ「信濃デッサン館」は、休館日。

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 「信濃デッサン館」は、1979年(昭和54年)に館主・窪島誠一郎(父は小説家・水上勉)によって設立。夭折(若くして亡くなった)の画家達の作品約1000点を所蔵、展示している。1997年(平成9年)に分館として、戦没画学生慰霊美術館「無言館」を開館。2015年末館主が病気となり、また来館者減少や財政上などの理由から、「無言館」を存続させ、「信濃デッサン館」を2018年3月から「無期限休館」としているという。

 急階段を上ると、薬医門(やくいもん)の先の左手に、木造茅葺の本堂がある。入山料200円。薬医門は、2本の本柱に控え柱を立て屋根を持つ門。

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 「前山寺」は、 独鈷山(とっこさん、標高1266m)の麓にある古刹で、真言宗智山派、本尊は大日如来。平安時代初期(812年)、空海上人が護摩修行の霊場として開創したと伝えられている。鎌倉時代の1331年、讃岐国「善通寺」より長秀上人が訪れ、「正法院」を現在の地に移し、「前山寺」を開山したとされる。「塩田城」の鬼門に位置し、その祈祷寺として塩田北条氏の信仰も厚かった。

 正面に重要文化財で有名な「前山寺三重塔」。

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 寺の縁起によれば、鎌倉時代の建立と伝えられているが、建築様式から室町時代初期と推定されるという。塔は高さ19.5m、屋根は柿葺(こけらぶき)。二層目と三層目に、何故か窓も扉もなく、また回廊(かいろう)も勾欄(=高欄、手すり)がないため、「未完成の完成塔」といわれる。

 案内標識に従って、「塩田城跡」に向かう。

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●塩田城跡 10:35

 坂道を上り、塩田城跡の主要部への入り口の「塩田城跡」の石碑の前を通過する。

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 「塩田城跡」は、独鈷山の分脈である弘法山(842m)の山麓にあり、塩田平を一望できる。鎌倉時代に北条義政が、鎌倉から塩田の地に入った時に居城として築いた。土塁や石垣が若干残っていて、昭和50年(1975年)頃に発掘調査が行われたそうだ。

 「塩田城跡」の石碑の前の「あじさい広場」で、 ちょうど地元自治会の「あじさい祭り」が開催されていた。子ども達の和太鼓、女性達のオカリナ演奏、焼き鳥やソフトドリンクの販売など。塩田北条氏が、鎌倉に向かう「鎌倉街道」は「あじさい小道」として整備されている。「前山寺」から「塩田城跡」の石碑の前を経て、「塩野神社」までの1.5Kmほどの小道に、3万株のあじさいが満開だった。

 「あじさい小道」を歩き、観光施設の「塩田の館」の前を経て「龍光院」へと進む。


●龍光院 10:40~10:50

 「黒門」と称される門の前には、樹齢600年というケヤキの大木と石標が立っている。右側は「曹洞宗 龍光院」。左側には「山門禁葷酒」、つまり臭みのある野菜、生臭い魚や肉は、修行の妨げになるから持ち込み禁止という意味。

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  門を抜けると、その先は石段の参道が長く延びている。参道の右側には車道が沿っていて、山門前の駐車場まで続く。

 参道を上りきると、右手に立派な山門が建つ。

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 山門から石畳が真直ぐ延びた先に、どっしりした寄棟・銅板葺きの本堂がある。江戸中期(享保年間)に再建されたという。中央に「龍光禅院」と金文字で書かれた扁額。本尊は釈迦如来。

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 1282年(弘安5年)、北条国時が父である義政の菩提を弔う為、臨済宗「仙乗寺」として創建。塩田北条氏の菩提寺として庇護され、「信州の鎌倉」の中心的寺院として隆盛する。その後1333年(元弘3年)新田義貞が鎌倉を攻め、幕府側についた塩田北条氏一族が滅びたため衰退する。1601年(慶長6年)、当初の寺号を「龍光院」と改め曹洞宗に改宗、再び興して現在に至る。

 本堂の左側には、選佛場が建っている。選佛場(せんぶつじょう)とは、座禅の修行をする禅堂。本堂や門の屋根には、「三つ鱗」の家紋が飾られており、北条氏の菩提寺であったことがうかがえる。「三つ鱗」は、正三角形を3つ山形に積み上げた図案の家紋。

 参道には初代義政の墓が、また近くの塩田城跡には国時、俊時父子の供養塔が建立されているそうだ。

 「あじさい小道」、ため池の「塩野池」の前を通り、「塩野神社」へ。

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●塩野神社 11:00

 時間の都合で、「塩野神社」の参道入口を通過。

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 「塩野神社」は、独鈷山(とっこさん)の山麓に位置し、大きな森につつまれた古社。出雲大社の分霊を、独鈷山の山頂付近の鷲岩という巨石に祀ったのが始まり。後に、人里近いこの場所に遙拝所が建てられ、そのうちに本殿もこの地に移されたという。「塩野神社」は、水の神様。神社の前に太鼓橋が架かっており、その下には独鈷山の清らかな湧き水が滝となって流れ、やがて産川(うぶがわ)と合流して塩田平を潤しているそうだ。

 古来この地方の信仰の中心で、塩野北条氏、武田氏、真田氏などの統治者は、この神社を厚く崇敬した。境内の森の荘厳さには定評があり、また太鼓橋、拝殿の楼閣造り、本殿の彫刻など、見るべきものが多いそうだ。時間がなくて残念。

 案内標識に従って、再び坂道を上って次の「中禅寺」へと進む。

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●中禅寺薬師堂 11:05~11:15

 無人の受付があって、拝観料200円を箱の中に入れる。

 仁王門には、木造金剛力士立像。阿形、吽形像は、県宝に指定。像高は2m余り。

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 「中禅寺薬師堂」は、中部日本(中部・関東地方)最古の木造建築物。本尊の薬師如来座像は、神将(しんしょう)像とともに、国の重要文化財に指定。薬師堂では「方三間宝形作り」という様式で建築されていて、様式の面から平安未期か鎌倉初期の創建とされている。

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 薬師堂の扉の格子から拝観すると、暗い堂内に木造薬師如来坐像が安置されている。像高は1m弱のカツラの寄木造り、国の重要文化財。鎌倉時代初期の製作と考えられている。薬師堂の様式、仏像が安置されている位置など、平安末期の平泉・金色堂と同じだそうだ。

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 薬師像の右下に、1躰の神将(しんしょう)像が安置されている。像高70cm弱、ヒノキの寄木造り、これも木造薬師如来坐像と共に、国の重要文化財。腕や左足先が失われており、薬師如来を守護する武神・十二神将のうちの1躰だけが残ったのか、別のお堂から移されて来たのだろうか。

 「中禅寺」は、真言宗智山派の寺院。平安初期、空海による創建と伝えられるが不詳。平安末期から鎌倉初期の仏像があることから、この頃までには伽藍があったようだ。 写真は、「中禅寺」の本堂。

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 車を駐めた「山王山公園」駐車場へ、歩いて戻る。

 11:50、駐車場を出発、西の方角の別所温泉に向かう。

 この後は、本ブログ記事「信州塩田平-その2」に続く。

 

 「上田城」、「真田の郷」、「無言館」についての本ブログの関連記事は、次の通り。

  「真田の郷」  2017年9月17日 投稿
    http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/post-4c3e.html

  「紅葉の信濃路の旅」  2016年11月30日 投稿
    http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-8ad4.html

  「国宝・松本城と無言館」 2011年11月 2日 投稿
    http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-a829.html



 ★ ★ ★

 千曲川の東岸は、戦国時代に真田氏が築いた「上田城」とその城下町、北東の山間部には真田氏発祥の地「真田の郷」がある。一方で千曲川左岸の「塩田平」は、鎌倉時代に塩田北条氏の所領の田園が広がり、山の麓には塩田城跡、国宝・重文などの文化財が残り神社仏閣が残っていることが、よく分かった。


 信濃国小県(ちいさがた)郡の塩田郷は、古代には国府・国分寺も置かれ、「塩田平」と呼ばれるように肥沃な耕地を有し、信濃国における要地とされた。平安時代に建春門院に寄進され「塩田荘」となった。(建春門院は、平清盛の妻・時子の妹・滋子で、後白河天皇の寵愛を受け、平氏一門の繁栄の基となる高倉天皇を産んだ。)

 鎌倉時代には、幕府により島津忠久が地頭職に任命されるが、「比企能員(ひきよしがず)の変」に連座したので北条氏の所領となる。塩田北条氏は、2代執権・北条義時の三男・重時(極楽寺流)の五男・義政を祖とする北条氏の一門。重時以降の極楽寺流という一族は、北条氏一門の中でも北条家宗家に継ぐ家格を持ち、その子孫は幕府重職に就き、また嫡流の正室にも入っている。

 塩田北条氏の祖の義政は、鎌倉幕府の連署(執権に次ぐ役職)として8代執権・北条時宗を支える要職にありながら36歳で突然出家、信濃国善光寺に遁世して、その後「塩田荘」に籠居。以後この家系は、「塩田(または塩田流)北条氏」と称し、塩田荘の実質的な権益が継承されていった。義政が居住した「塩田荘」は、その子の国時、孫の俊時の三代で、「信州の鎌倉」と呼ばれる中世文化が開かれた。鎌倉陥落の際には宗家に殉じ、国時とその子の俊時と藤時が、一門と共に自害した。

 北条が滅んだ後は村上氏が長く支配したが、戦国時代には武田氏や真田氏の所領となる。江戸時代は、「塩田三万石」と称される上田藩の穀倉地帯となった。


 「塩田平」は、千曲川の支流である浦野川と産川(うぶがわ)の河岸段丘と低い丘によって形成された平坦地。かつて湖であったが、2つの川によって埋め立てられたものと考えられている。「塩田平」は、全国有数の雨の少ない地域で、ため池が多い。耕作地は浦野川や産川の河岸段丘の上にあるため、江戸時代から「塩田平3万石」と言われる900haの水田に、大小合わせて100ヶ所のため池を作り、灌漑に使用されている。2010年には「塩田平のため池群」として農林水産省の「ため池百選」に選定されている。

 1956年(昭和31年)、長野県西塩田村・東塩田村・中塩田村と別所村が合併して塩田町が発足したが、塩田町は1970年(昭和45年)に上田市に編入された。また真田発祥の地や菅平高原で知られる真田町は、2006年(平成18年)に上田市に編入されている。

 

 

 

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