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2018年11月17日 (土)

倉敷美観地区

 2018年10月22日(月)~24日(水)、2泊3日の岡山県倉敷の旅。23日(火)、「倉敷美観地区」を巡る。

 本ブログ記事「大原美術館」の続き。

 

●食事処「カモ井」 12:00~12:35

 10月23日(火)、「大原美術館」の絵画鑑賞を終わり、和食の食事処「カモ井」で昼食。

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 定番の「カモ井定食」1,728円(税込)は、岡山名物ちらし寿司(ばら寿司)をメインに鮮魚のお造りや煮物、酢の物、お吸い物付。

 

●旧大原家住宅 12:40~12:55

 今年から大原本邸の一部が公開された「旧大原家住宅」に入館。入館料500円。

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 玄関を入ると土間。天井からの文字は、大原家五代目以降の当主が残した言葉。

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 蔵を改造した展示室。大原家の約300年の歴史年表。

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 実業家、社会事業家、風流人であった大原孫三郎は、10年先が見えた人だったそうだ。

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 外に出ると、本格的な雨が降り出した。

 

 13:00~観光ガイドの案内で美観地区を巡る。

 「大原美術館」裏庭の東屋で雨宿りしながら、観光ガイドから明治以降倉敷の発展に尽くした大原孝四郎、大原孫三郎、大原總一郎の大原家三代の歴史などの話を聞く。


 

●大原美術館

 観光ガイドの案内で、「大原美術館」の「本館」、本館裏にある「新渓園」、「分館」、「工芸館・東洋館」の館外を回る。「新渓園」は1893年(明治26年)に大原家別邸として建てられ、現在は遊心亭(茶室)、敬倹堂(大広間)、庭園として市民の憩いの場となっている。

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 「大原美術館」では、2回絵画の盗難に遭ったそうだ。1963年(昭和38年)にコローの『ナポリの風景』がすり替え盗難に遭い、現在も行方不明だという。

 1970年(昭和45年)に本館に展示されていた絵画5点の大量盗難があった。犯人グループは1972年(昭和47年)に逮捕、無事回収された。事件発生後、本館1階側面にあった窓は全ては塞がれ、警備体制が強化されたそうだ。

 大原美術館の中庭には、モネの睡蓮がある。2000年(平成12年)、フランス郊外のクロード・モネの庭の池から、大原美術館に睡蓮の株が送られたもの。

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 詳細は、本ブログ記事「大原美術館」を参照。

 

●旧大原家住宅

 「旧大原家住宅」は、倉敷美観地区内の倉敷川に面して建つ。「大原美術館」から倉敷川に架かる「今橋」を渡った対岸にある。

 1795年(寛政7年)に主屋(おもや)を着工、大正期にかけて座敷や蔵を増築。敷地は約2,200㎡(670坪)。白壁や格子を備えた倉敷の代表的町家。主屋は、1階の格子や2階の窓のデザインに特色があり、それぞれ「倉敷格子」、「倉敷窓」と呼ばれている。

 1971年(昭和46年)、主屋をはじめ10棟が国の重要文化財に指定。1982年には土地が重要文化財に追加指定されている。2018年春から、一般公開されている。(前述の「旧大原家住宅」の項を参照。)

 

●有隣荘(ゆうりんそう)

  大原家別邸の「有隣荘」は、1928年(昭和3年)に大原孫三郎が、病弱な妻を気遣い「落ち着いた住まいを」と本邸(旧大原家住宅)の隣に建設した。

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 (写真は翌日24日、倉敷川の河船から撮影)

 泉州堺の瓦職人に特別注文し、独特の製法で焼かれた瓦は見る角度によって艶やかな緑色に光るという。現在の価格で瓦1枚3万円程だったといわれ、地元では「緑御殿」とも呼ばれているそうだ。

 大原家別邸の後は、来賓館として使用された。 昭和天皇が宿泊されたこともある。長く非公開とされてきたが、1997年(平成9年)から年に春秋2回、「大原美術館」主催の特別展示室として公開されている。

 ちょうどこの時期、三瀬夏之助の水墨画展の特別展をやっていて、入館料は1,000円。「大原美術館」に入館する時、大原美術館1,300円と有隣荘のセット券だと1,800円と窓口で言われたが、「有隣荘」のことが分からず買わなかった。
 
 

●旅館鶴形

 倉敷美観地区の中心部に位置する料理旅館「鶴形」は、徳川八代将軍吉宗の時代に建てられた商家。

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 玄関横にある古い説明板には、次のように記されている。

 「この建物は一七四四年 徳川八代将軍吉宗の時代に建てられた商家で 重要文化財大原邸等と共に 倉敷に現存する最も古い建物です 庭内の松は樹齢四百有余年を誇り 厨子二階の大広間は往時の繁栄を偲ばせます 旅館 鶴形」

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 旧小山家住宅で、1970年(昭和45年)に旅館として保存、再生。江戸中期町屋の厨子二階造りの風格ある構えを今にとどめている。
 

●旅館くらしき

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 「旅館くらしき」は、江戸期の屋敷と蔵を改装した老舗旅館。お座敷やレストランで懐石料理など頂くことが出来る。

 昔の玄関口らしい土間に入ると、アンティークな調度品のほか、石の式台の上には珍しい下駄が置いてあった。

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●倉敷アイビースクエア

 現在の「倉敷アイビースクエア」と「倉紡記念館」は、倉敷紡績株式会社の発祥工場跡地にある。経産省認定の近代産業遺産。

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 江戸時代、天領倉敷の代官所だった。

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 代官所時代の井戸。

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 説明内板には、以下のように書いてある。

 「この建物は倉敷紡績の発祥工場で、明治二十二年(一八八九)に建設された。設計は、日本の最初の紡績工場(鹿児島紡績所)を建設した石河正龍らによるもので、今日我が国に現存する最も古い紡績工場の代表的な一つとなっている。
 純英国風といわれる鋸型の屋根、赤いレンガの外壁、半円形の窓など当時の面影をそのままとどめている。
 この工場は昭和二十年(一九四五)終戦と共に長年に亘る操業(綿紡績)などに終止符を打ち、休止工場として保存されていたものを昭和四十九年(一九七四)に改装した。」

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 「倉敷アイビースクエア」の中庭の池にも、モネの睡蓮が「大原美術館」から株分けされている。

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 詳細は、本ブログ記事「倉敷アイビースクエア」を参照。



●井上家住宅

 「井上家住宅」は、美観地区では代表的な大型町屋の一つ。古くから倉敷の中心通りである本町通り(街道)に面して建っている。

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 国指定の重要文化財で、平成24年度~平成34年度の予定で全解体して保存修理を行っており、公開を中止している。

 工事着手前の建物と工事中の内部。

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 「井上家住宅」の特徴は、二階外壁の7つの「倉敷窓」と呼ばれる窓に、防火用の土扉が付いている。倉敷では少なくとも江戸時代後半には大火が無かったので、こうした町屋の形式が残っているのは井上家だけだという。今回の解体修理に伴う調査で、主屋は享保6年(1721年)に上棟されたことがわかり、倉敷美観地区内では最古の町屋であることが判明した。
 

 

●林源十郎商店

 倉敷生活デザインマーケット「林源十郎商店」は、“豊かな暮らし”のあり方を探求する場として、2012年(平成24年)にスタートした商業複合施設。“

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 本館3Fに屋上展望テラスがあり、エレベータで上がって倉敷の街並みを眺める。

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 本館2Fに「林源十郎商店記念室」があった。急いで通り過ぎたのであまり記憶が無いが、1657年(明暦3年)からこの地で薬種業を営み、倉敷村の健康・福祉に尽力してきた林家の林源十郎商店の精神に触れることができるという。

 

●倉敷物語館

 建築年代は江戸期とされる「倉敷物語館」は、 長屋門や土蔵などが当時の風情を伝え、また倉敷の歴史や情報を展示する観光・文化施設。

 倉敷周辺の干拓と川の歴史。

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 倉敷を含む岡山県南部の平地は、古代は海が広がり児島、早島、鶴形山などの島が点在。戦国時代から干拓が進んだ。何度も洪水が引き起こしていた高梁川(たかはしがわ)は、明治末期から14年に渡る改修が行われた。

 倉敷美観地区の歴史と変遷

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 江戸時代初期、幕府直轄となった倉敷は発展を始める。倉敷川の両岸に屋敷が立ち並び、やがて倉敷川以外の水路も整備され水運が発達、新興商家が台頭する。

 館内には展示室のほか、和室・多目的ホール・会議室が貸室として利用されている。現在ここは、臨時観光案内所となっている。倉敷観光のビデオを視聴。

 1917年(大正6)に倉敷町役場として建てられた観光案内所、無料休憩所の「倉敷館」(登録有形文化財)は、現在工事中のため2020年(平成31)8月まで休館。
 

 観光ガイド15:00頃終了。

 

●倉紡記念館 15:20~16:00

 「倉敷アイビースクエア」の敷地にある「倉紡記念館」に行く。

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 「倉紡記念館」は翌日24日も観覧したので、本ブログ記事「倉紡記念館」を参照。
 


●富来屋本舗 17:00~19:00

 今回OB会の2回目懇親会は、アイビースクエア近くの「富来屋本舗」で行う。

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●夜の倉敷美観地区 19:00~20:00

 「富来屋本舗」を出て、夜の倉敷美観地区を回る。

 世界的な照明デザイナー石井幹子氏がプロデュースした夜間景観照明。雨の中の街のあかりは、幻想的でレトロな風情を増し、癒される。

 「富来屋本舗」を出て右手、北の方角の街並み。

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 倉敷川の左岸、川舟乗り場付近から「中橋」の方向の街並み。

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 右手に白壁は「旅館鶴形」、その先は食事処の「カモ井」。

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 「大原美術館」のライトアップ

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 「中橋」と後ろの建物は、左から「カモ井」、「倉敷考古館」、「旅館くらしき」。

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 「高砂橋」の上から倉敷川の右岸、中央は工事中の「倉敷館」。

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 アイビースクエア近くの白壁通りを歩くと、デズニ―映画『101匹わんちゃん大行進』を思わせる、屋根の上のおびただしい数のビクターの犬。車のライトに照らされて、闇の中から浮かび上がる。

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 もちろん店は閉っているが、店内をガラス越しに覗いてみると、ごちゃごちゃした骨董品屋か。興味があって翌朝入ってみようと思っていたが、忘れてしまった。

 後で調べると、右上の看板にあるように1階はアンティークショップ。2階がブリキ、陶器、鉄などさまざまな貯金箱が展示されている「倉敷貯金箱博物館」。入館料300円。明治時代から現代のものまで、約2,000個の日本製の貯金箱を展示してあるそうだ。
 

 20:00過ぎに「倉敷アイビースクエア」に戻り、連泊。

 23:00頃就寝。
 

 本ブログ記事「川舟流しと倉紡記念館」へ続く。

 

 

 ★ ★ ★

 江戸時代、天領だった倉敷では「古禄」と呼ばれた旧来の商人勢力に対して、新田・塩田開発と倉敷川水運の利を生かして新興商人の「新禄」の勢力が台頭してきた。その中でも大原家と大橋家が筆頭格であった。大原家は、江戸時代中期に綿の仲買や米穀問屋を営んで倉敷の有力商人となり、庄屋を務めるほどの大地主にもなった。大原家は倉敷川の終点に位置し、河岸の両側に店舗と蔵を構えた。

 1889年(明治22)、大原孝四郎は倉敷紡績(現クラボウ)の設立に参加。そして経済活動はもちろん、倉敷の文化や町づくりなど、地元の発展に大きな影響を与えた。これらをさらに財閥として発展させたのが孫三郎。そこで得た富で、息子の總一郎と共に「倉紡中央病院」(現・倉敷中央病院)や「大原美術館」等々、数々の社会・文化事業の施設を造った。
 

 

 林源十郎は、江戸時代から続く、倉敷の薬種問屋の第11代当主。倉敷のまちづくり、今日に続く地域社会活動を行った実業家・大原孫三郎に、多大な影響を与えた人物として知られている。キリスト教徒の林源十郎は、「岡山孤児院」創設者の石井十次と大原孫三郎を引き合わせた。大原孫三郎は、石井十次や林源十郎の地域社会貢献、福祉の精神に触れながら、まちづくりを実践したという。

 1950年(昭和25)、「株式会社林源十郎商店」をこの地に設立。現在の「林源十郎商店」は、前身の商家を改装したもの。広い敷地には、木造三階建ての本館の他、主屋、離れ、4棟の蔵、中庭があり、「豊かな暮らし」を探求する衣食住に関連するショップやカフェ、展示室等が入っている。

 中でも人気なのが、本館1Fの「倉敷意匠 アチブランチ」という。倉敷意匠のほぼ全てのアイテムを常設販売する他、作家やアーティストによるワークショップも不定期で開催しているそうだ。ちょっと気になったショップは、蔵にあるデニムスーツの店「inBlue(インブルー)」と離れの「HEART MADE BASE(ハートメイドベース)」の直営店。「HEART MADE BASE」は、デニムなど多種の生地の企画から縫製、販売まで一貫して行う児島のものつくりの店。

 

 「倉敷美観地区」は、倉敷市の美観地区景観条例に基づき定められたもので、広義の美観地区の面積は21ha、うち倉敷川周辺の伝統的建造物群保存地区(第一種美観地区)が15ha、伝統美観保存地区(第二種美観地区)が6haである。

 前者は国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。 「倉敷美観地区」では、「倉敷帆布のバッグ」や「倉敷デニム」、「マスキングテープ」、「キャンドル」、「倉敷ガラス」・・・といった特産品の人気が高い。こうした伝統的な手仕事や倉敷ブランドの商品を扱うショップが軒を連ね、多くの観光客で賑わいをみせている。

 数十年ぶり来てみて、美観地区と呼ばれるエリアがこんなに広くて、しかも伝統的な建築物や街並み保存されていることに感動。美術館・博物館、食べ物や買い物のショップがこれほど多く、観光客の多さにも驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

倉敷市の美観地区は過去2回行きましたがいつ行っても見惚れてしまいます。この週末は天気が悪く気温が下がるという予報がコロッと変わって快晴で暖かい日でしたね~。初めから出かける予定はなかったのですが何か肩透かしを食ったような気が・・(苦笑) こんな暖かさだと平地の紅葉は年末まで続きそうですね。

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