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2018年7月の3件の投稿

2018年7月21日 (土)

久喜提灯祭り

 2018年7月18日(水)午後から、埼玉県久喜市の「久喜提灯(ちょうちん)祭り」に行く。
 

 「久喜提灯祭り」は地元では「天王様」と呼ばれ、旧久喜町の鎮守「八雲神社」の例大祭。祭礼期間は毎年7月12日から7月18日までだが、山車が曳き廻されるのは12日と18日。

 昼は人形や彫刻に飾り付けをした人形山車が、夜は約500個の提灯に灯りが点る提灯山車に組み替えられ、笛や鉦(かね)・鼓太のお囃子とともに町内を曳き廻される。

 久喜市観光協会のポスター。

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 関越道から久喜白岡JCTを経て、久喜ICで東北道を降り、15:00頃久喜駅東口付近の駐車場に車を駐める。祭り会場となる駅の西口側に移動。

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 駅西口前に久喜市在住の彫刻家・齋藤馨氏の作品「風の見える街」が建っている。

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 7町内から7台の山車が繰り出される。廻り舞台形式の屋台形の山車は、各町内ともほぼ同様な構造だそうだ。

 伝説や歴史上の人物・素戔嗚尊(すさのおのみこと)、武内宿禰(たけのうちのすくね)、神功皇后、織田信長、日本武尊(やまとたけるのみこと)、神武天皇、鍾馗(しょうき)様などの 人形を山車の上に飾り立てる。山車の内部には、お囃子の奏者が乗り込み、13時から隊列を組んで、町内を粛々と厳かに曳き廻すという。(久喜市観光協会チラシから転載)。

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 本一(本町5丁目)の素戔嗚尊(すさのおのみこと)と仲町(久喜中央3丁目)の織田信長の人形山車(久喜市観光協会チラシから転載)。

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 残念ながら、駅西口側に移動した16時前頃には、人形山車の巡行はすでに終わっていた。

 道路に沿って出店が並ぶ賑やかな「提灯祭り通り」を歩く。写真は、通りから久喜駅方向を見た景色。

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 通りを歩くと、「八雲神社」の御仮屋がある。山車の曳き廻しは、この御仮屋の前に集合、式典の後に始まるそうだ。

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 通りに面して、昼間に曳き廻された仲町(久喜中央3丁目)の人形飾り(織田信長)の置き場もあった。

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 中央公民館付近では、本三(久喜中央4丁目)の人形飾りを取りはずされ提灯山車に組み換え中。

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 道路幅20mの広い「駅前通り」(県道146号線)に移動し、駅の方に向かう。この道路には電柱が無い。

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 駅西口広場でも、組み換え中の東一(久喜東1丁目)の提灯山車。

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 駅前の舞台では、獅子舞、翁や白狐などの舞が演じられている。

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 再び、「提灯祭り通り」と「駅前通り」を回る。

 仲町(久喜中央3丁目)の山車に、提灯が取り付けられていた。

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 本ニ(本町2丁目)の山車の道路に提灯が並べられ、山車に取り付けられる。

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 山車の四面に、500個の提灯を飾りつけた本ニの提灯山車が完成。提灯山車の高さは7.5m、重さは4トン。

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 暗くなるころ提灯に灯りが点され、山車は移動を始める。提灯の光源には、現在でもろうそくが使用されている。 その山車の姿は、「関東一の提灯祭り」とも讃えられるという。写真は、仲町の提灯山車。

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 提灯山車が町内を巡行するころには、道路は見物客であふれ始める。「駅前通り」を巡行する手前の新一(久喜中央1丁目)と後方の東一(久喜東1丁目)の山車。

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 祭りの最後、20時を過ぎた頃から久喜駅西口広場(ロータリー)に各町内の山車が集まって来る。広場内に、見物客は立ち入り禁止。広場の周囲や歩道橋の上には人だかり。

 右手から広場に入場する本一(本町5丁目)の山車。

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 方向転換する本一の山車。舵取り装置が付いてないので、力任せに車輪を滑らす。また制動装置もない。

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 入場する手前の本ニ(本町2丁目)の山車、その後ろは本三(久喜中央4丁目)と続々と広場に集結。

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 各山車が定位置に陣取ると、式典が行われるがその様子は、見物客席からは見えない。

 式典後、山車の正面同士を急接近させて挑発したり、実際に衝突させたり(写真中央の傾いた山車)の喧嘩祭りとしてのパフォーマンスが繰り広げられる。

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 また、山車の上部を回転させたりのパフォーマンス(久喜市観光協会パンフから転載)。

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 激しいパフォーマンスで、提灯にろうそくの火が移って燃え出す。

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 20時50分頃には、西口広場で手打ち式があって、祭りは終わる。

 21時頃、また祭り気分の覚めやらぬ久喜駅西口前を後にし、車を駐めた東口付近の駐車場に向かう。

 

 「久喜提灯祭り」の由来は、230年余年前の天明3年(1783年)、浅間山の大噴火によって、桑をはじめ夏作物が大きな被害を受けた。生活苦や社会不安などを取り除くため、祭礼用の山車を借りて曳き回し、豊作を祈願したのが始まりと伝えられている。 また、流行病が広まったために、始まったともされる。

 祭りが特に盛んになったのは、明治20年代後半だとされている。祭りの日は、大噴火が7月8日だったので、10日遅れの7月18日に行うようになったといわれている。

 

  ★ ★ ★

 人形山車は、通常の祭りでは日本の伝説・神話上の人物がほとんどであろう。中国伝説上の鍾馗様は良しとしても、歴史上の織田信長が一人混じっているのは違和感がある。義経や頼朝、秀吉や家康ではないのは、何故だろう。熊谷うちわ祭りの人形山車では、歴史上の人物で地元の英雄・熊谷次郎直実がいるのは納得できるが。

 今回初めての見学だったので、祭りの一部を垣間見た程度だった。祭りのマップや巡行情報、スケジュールなど、事前によく調べて頭に入れておかないと、祭りの全容はわからない。人形山車の巡行や駅前広場への集合の様子を見られなかったの残念だった。

 祭りの町名は、本一ほんいち)、本二、本三、仲町、志ん一(新一、しんいち) 、志ん二(新二) 、東(あづま) 、東一(とういち)など。現在の地図を見ても、住居表示には無いので、昔の町名が使われているのだろうか。各町内はそれぞれに、山車の構造や動かし方、人形や飾り、組み換えのやり方、お囃子などが微妙に違うらしい。長年の伝承がそれぞれに生きているという。次世代にこれらを受け継ぎながら、伝統が維持されている。
 

 1783年8月5日(天明3年旧暦7月8日) 、浅間山の大規模な「天明噴火」。旧暦4月9日に火山活動を数年ぶりに再開した浅間山は、1か月ごとに噴火と小康状態を繰り返しながら、6月27日からは噴火や爆発を毎日繰り返すようになった。日を追うごとに激しさも増し、7月6日から3日間に渡る大噴火で大災害を引き起こした。

 最初に、北東と北西方向の群馬県側に火砕流が発生、続いて約3か月続いた活動によって山腹に堆積していた大量の噴出物が、噴火の振動によって崩壊。これらが大規模な土石流となって、現在の嬬恋村や長野原町の一部を壊滅させた。さらに吾妻川に流れ込んでダムを形成するが、直ぐに決壊して大洪水を引き起こす。吾妻川沿いの村々を飲み込みながら、本流となる利根川へと入り込み、増水した利根川は全てを下流に運び、江戸川にも流入、多くの泥流や遺体が利根川下流域と江戸川に打ち上げられたという。

 火山の噴火は、関東各地にも火山灰を降らせた。火山灰は直接的被害にとどまらず、日射量低下による冷害をもたらし、農作物には壊滅的被害が生じた。また、大量に堆積した火山灰は、利根川に大量の土砂を流出させ、天明3年と天明6年の大水害など、更には飢餓とともに疫病の流行という二次、三次災害被害を引き起こした。

 当時、利根川・江戸川流域の久喜の地から、遠い浅間山の噴火は直接見えなかっただろう。降灰や洪水、冷害、飢餓、疫病など、自然災害や社会不安に対し、山車を引き廻して神仏に祈ったであろうことは、容易に想像できる。

2018年7月 5日 (木)

多摩湖畔ハイキング

 2018年7月1日(日)、「多摩湖」の湖畔を一周、武蔵野の自然をめぐるハイキング。
 
 

 30℃を超す猛暑の中、西武球場前駅(埼玉県所沢市)から西武遊園地駅(東京都東村山市)までの「多摩湖」(村山下貯水池)の湖畔10Kmほどを歩く。

 西武新宿線の所沢駅で狭山線に乗り換え、10:23西武球場前駅に到着。この日は、西武ライオンズ×楽天ゴールデンイーグルスの12回戦。日曜日とあって、デイゲーム(13:00試合開始)だろう、観客が続々と改札を出て行く。

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 10:30、「西武ドーム」の前からハイキングのスタート。西武ドームは、埼玉西武ライオンズの本拠地ドーム球場、2017年3月から5年間の契約でメットライフ生命が命名権を取得、球場名称を「メットライフドーム」に変更している。

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 涼しげな「多摩湖」の堤防(村山上ダム)の遊歩道。

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 対岸左手に「西武園ゆうえんち」の大観覧車が見える。

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 「鹿島休憩場」で一休みの後、長い「鹿島橋」(陸橋)を渡る。

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 橋を渡ると、「東大和狭山緑地」。狭山緑地は、狭山丘陵の南側、多摩湖の南側にある東大和市立の緑地。雑木林はクヌギの木が多い。

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 木陰の中を、よく整備されている木道を歩く。

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 緑地内には、多数の広場や神社(八幡神社、熊野神社、巌島神社)、フィールドアスレチックがあるそうだ。園路は、けっこうアップダウンが多い。

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 やがて良く手入れされた竹林の坂道を下る。

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 日陰の無い住宅街を抜け、11:38「東大和市立郷土博物館」に入館(無料)。冷房の効いた館内を見学、休憩。

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 郷土博物館のメインテーマは「狭山丘陵とくらし」。郷土の歴史、民俗、自然に関する常設展示、年数回の狭山丘陵周辺の資料の企画展示を行っている。

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 郷土博物館では建物の中だけではなく、狭山丘陵全体を活動の舞台とする講座も行っているそうだ。別棟にプラネタリウムの施設もある。

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 12:04博物館を出て住宅街をしばらく歩き、12:17「二ツ池公園」で休憩。

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 「二ツ池公園」は、「都立東大和公園」の西側に接した東大和市立の公園。池は前川の源流部で、昭和30年代前半まで周辺の「狭山田んぼ」の用水池だったという。「東京の名湧水57選」。藤棚の下のベンチで昼食。

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 12:20、隣接する「都立東大和公園」に入場。

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 「都立東大和公園」は、多摩湖の南にある狭山丘陵で、コナラ、アカマツなど雑木林の残る場所。

 昭和40年代後半、この地域に団地開発が計画されたが、里山の自然を守るため多くの市民と東大和市が東京都に働きかけ、最初の都立丘陵地公園として1979年(昭和54年)開園。以来市民団体が自然観察や植生調査を行ったり、雑木林の手入れに取り組むなどにより里山が守られているそうだ。

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 公園の東側に隣接する「圓乗院(えんじょういん)」は、創建が平安末期1159年(平治元年)と伝えられる古刹。古い鐘楼門や美しい庭園が知られている。時間の都合でスキップ。

 13:00「東大和公園」を出て、再び日陰の無い住宅街の坂道を下ると、江戸時代は「天宮(天狗)大明神」と呼ばれていたという「狭山神社」があった。近くに「狭山公民館」があるので、この辺りも「狭山」という地名らしい。

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 住宅街を抜けると、13:17「都立狭山公園」。

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 狭山丘陵の多摩湖周辺の東大和市、武蔵村山市、西多摩郡瑞穂町に広がる「都立狭山自然公園」は、都県境を挟んで「埼玉県立狭山自然公園」と隣接する。この自然公園内の一部が、「都立狭山公園」として整備されている。

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 多摩湖の堤防(村山下ダム)の方に向かう。

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 「多摩湖」の取水塔。このあたりは、桜や紅葉、美しい湖などの景色を眺められることから、景勝地として親しまれている。

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 「多摩湖」の堤防(村山下ダム)。左手の6階建ての建物は、中国割烹旅館「掬水亭(きくすいてい)」。

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 堤防上広場から見る取水塔と対岸に「西武ドーム」。

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 長い堤防(村山下ダム)の遊歩道を渡る。正面の塔は「西武園ゆうえんち」の地上80mのジャイロタワー、右手に大観覧車。

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 多摩湖から見る奥多摩の山々が霞む。

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 14:00頃、西武遊園地前駅に到着。ここまでおよそ10Kmを歩いた。

 ここから、スタート地点の西武球場前駅まであと2kmほど。炎天下の中をこれ以上歩くと熱中症になりそうなので、西武山口線の電車を利用する。

 14:07西武遊園地駅発、14:15西武球場前駅着。IC乗車券SUICA/PASMOが使える。

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 西武山口線は、愛称「レオライナー」。西武遊園地駅と西武球場前駅の間を結ぶ西武鉄道のAGT路線である。西武球場前駅で西武狭山線のダイヤに接続する。写真の出典は、ウィキメディア・コモンズ。

 AGT[Automated Guideway Transit]とは、案内軌条式の鉄道。動輪にゴムタイヤを付け、コンクリート軌道を走る。「レオライナー」は、通常の電車より一回り小さい。前身は、1950年(昭和25年)に開業したバッテリー動力の遊戯列車が走る「おとぎ線」だった。

 西武球場のそばを歩いて通ると、試合が始まって1時間余り、ドームの中の様子は分からないが大きな歓声が聞こえてくる。この日の試合は、9回裏西武2死で途中出場の木村が2号ソロの本塁打を放ち、8対7で西武のサヨナラ勝ち。西武はパリーグ首位を保った。観客動員数は30,351人、試合終了は16:54。


 14:18、西武球場前駅発の西武狭山線に乗車。西所沢駅、所沢駅で乗り換え、15:02西武新宿線の本川越駅で下車。

 予定していたデパート屋上のビヤガーデンでの打ち上げは、まだ陽が高くて暑いのであきらめる。代わりに、15:10~居酒屋「目利きの銀次 本川越店」に入店。二次会は、17:36~「カラオケ館」で2時間。20:45、帰宅。 

 

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  「昭和記念公園と西武園ゆうえんち」 2015年11月26日 投稿
   http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-9651.html

 

 ★ ★ ★

 前々日の29日、関東甲信地方では早くも梅雨明けした。6月中に梅雨が明けるのは、観測史上初めてらしい。平年は7月21日頃で22日も早く、昨年より7日早い梅雨明けだという。

 このところの暑さと寝苦しい夜で睡眠不足、先月末から信州旅行や博多旅行が続いていて疲れが、残っていたようだ。当日は、朝からだるくて眠くて、少し体調が悪かった。なんとか歩いているうちに、だんだん調子を取り戻した。

 梅雨明けの真夏日のハイキングで、熱中症が心配されたがほど良い木陰もあったり、そよ風が吹きわたったりで快適だった。特に、西武遊園地に向かう堤防(村山下ダム)では風が渡り、多摩湖全体や奥多摩の山々も見渡せ、気持ちの良い歩きだった。

 途中の「東大和市立郷土博物館」の冷房で、涼めて良かった。立派な施設で、郷土の歴史や自然の遺産を残してあり、郷土に対する理解を深める活動は素晴らしい。また多摩湖畔、狭山丘陵は、武蔵野の自然がよく整備されて残されていることに感心する。

 

 「村山貯水池」は、「多摩湖」の通称で呼ばれる東京都水道局が管理する人造湖。西の「村山上貯水池」と東の「村山下貯水池」に分かれている。東京市の人口増加に対する水源確保のため、北多摩郡大和村(現:東大和市)の狭山丘陵の渓谷に10年の歳月をかけ、1927年(昭和2年)完成。多摩川の水を羽村取水堰(東京都羽村市)で取り入れ、導水管で村山貯水池に導いて貯水している。

 この場所は武蔵村山市からも東村山市からも外れており、東大和市にある。何故「村山貯水池」という名称なのか。これは、付近の旧地名「村山郷」から来ているためだそうだ。

 「ダム湖百選」に選定、「新東京百景」、「東やまと20景」として東大和市のシンボルとなっている。桜と紅葉の名所としても知られ、都民や埼玉県民の憩いの場として親しまれている。また周辺環境は、水源涵養(かんよう)保安林として森林生態系の保全がなされているそうだ。

 

 埼玉県の南西部にある狭山市は、狭山丘陵と特産物「狭山茶」に由来するという。「狭山」という地名は、「山」は「林」を意味し、武蔵野台地西部に散在していた雑木林のことを指していると言われ、「林に挟まれた土地」の意味とだという。

 江戸時代には、狭山丘陵そのものを「狭山」と称しており、地域の名ではなく山の名称のように用いられていたという。歴史的に「狭山」という地名が指している場所は、狭山丘陵を中心としたかなり広い地域だそうだ。現在の埼玉県狭山市、所沢市、入間市、東京都の東村山市、東大和市、武蔵村山市、瑞穂町などの範囲が含まれる。

 現在、狭山市以外でも所沢市、入間市、東村山市、東大和市、武蔵村山市、瑞穂町等では、住居表示や字名、学校や企業名などに、「狭山」という呼称のある例も多いという。

2018年7月 4日 (水)

JR博多駅

 2018年6月26日(火)、博多への1泊の旅。

 

 11:15羽田空港発のスカイマーク009便に搭乗。13:30頃、JR博多駅着。

 JR博多駅ビル「JR博多シティ」のレストラン街「くうてん」(9・10階)で食事後、屋上へ。

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 屋上の「つばめの杜ひろば」は、「四季」をテーマとする開放的な屋上庭園。親子で楽しめる憩いの場。

 旅の安全を祈願する 「鉄道神社」がある。

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 神社の境内には、九州地図の上を電車ごっこをしている「縁結び七福童子」。

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 この「縁結び七福童子」は、彫刻家の薮内佐斗司氏の作品。童子の頭をなでると願いが叶うという。

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 薮内氏は、奈良県のマスコットキャラクターで鹿の角が生えた「せんとくん」の作者。どこか顔つきが似ている。

 「天空の広場」は、木々や季節ごとの草花、野菜園、田んぼもある。

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 6月中旬には、子供たちの田植えのイベントがあったようだ。

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 写真だけを見ると、ここがビルの屋上とは思えない。

 この日は行事は無かったようだが、子どもや親子で楽しめるイベントが、度々開かれている。7月、8月には七夕星空教室、そうめん流し、シャボン玉ガーデン、ちびっこ打ち水、ちびっこミニプール、天空の昆虫展・・・。

 子どもたちを乗せた「つばめ電車」も園内を運行する。

 地上約60mの高さの展望テラスでは、博多の街並みや博多湾、山並みをパノラマで一望。

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  博多駅と博多港を結ぶ片側4車線の「大博(だいはく)通り」、博多湾の「海の中道」と志賀島。

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 駅の博多口には、7月1日から始まる「博多祇園山笠」の「飾り山」の準備中。

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 博多駅商店連合会の「飾り山」の山車庫。隙間から覘いたが、これから飾り付けがされるのだろうか、まだ骨組みだけだった。高さは10m前後あるという。

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 「博多祇園山笠」は、博多区で毎年7月1日から7月15日にかけて開催される700年以上の伝統のある祭。櫛田神社に祀られる素戔嗚尊(すさのおのみこと)に奉納される祇園祭。

 写真は「走る飾り山」、出典:ウィキメディアコモンズ。

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 「博多祇園山笠」」は、「博多どんたく」、「放生会(ほうじょうや)」とともに、博多を代表する「博多三大祭り」の一つ。
 
 
 博多に1泊、翌日27日(水)15:10福岡空港発のスカイマーク016便、羽田空港行き。

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   「九州国立博物館」 2016年04月26日 投稿
   http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-b94e.html

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