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2018年1月23日 (火)

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」

 2018年1月17日(水)、国立西洋美術館の企画展「北斎とジャポニズム」を観賞する。

 

 午前10時から駒込・巣鴨界隈を散策、15時ころ上野駅へ。

 15:10、上野駅構内の「エキュート上野」にあるチケットショップで、国立西洋美術館「北斎とジャポニズム」の観覧券1,600円を購入。窓口には、企画展の待ち時間は、「0分」と掲示してある。


【企画展】 北斎とジャポニズム - HOUKUSAIが西洋に与えた衝撃

 15:30入館。音声ガイド550円。企画展内は、撮影禁止。

 「北斎とジャポニスム」のパンフレットの表紙。

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 江戸時代末期、今から150年ほど前に開国した日本に、西洋は急速に関心を寄せ始めた。中でも西洋の芸術家たちは、日本美術の新しさ、珍しさに魅了され、その真髄を自らの創作活動に取り入れた「ジャポニスム」という現象を生み出した。特に、天才浮世絵師・葛飾北斎が、西洋美術に与えた影響は絶大であったという。その影響は欧米の全域にわたり、絵画、版画、彫刻、ポスター、工芸など、更には音楽の分野にも及んでいる。

 国内外の美術館が所蔵するモネ、ドガ、セザンヌ、ゴーガンなどの西洋の作品約220点と、錦絵約40点と版本約70点からなる北斎作品約110点を集め、比較して展示。主催者は、「日本初、世界初。西洋と北斎の名作、夢の共演」と謳っている。

 本展の会期は、2017年10月21日(土)~2018年1月28日(日)。鑑賞した前日の1月16日(火)には、来場者数が30万人を突破したそうだ。

 

 葛飾北斎(1760~1849)は、江戸時代後期を代表する浮世絵師。狂歌本や読本挿絵、『北斎漫画』に代表される絵手本などの版本、錦絵版画、肉筆画など多彩な制作活動を行った。代表傑作の『冨嶽三十六景』は、歌川広重の『東海道五十三次』と並び、浮世絵における風景画を確立させた。森羅万象を描き、生涯に3万点を超える作品を発表、14歳で絵師になってから90歳で没するまで、意欲的な製作活動を続けた。『北斎漫画』の初編を発刊したのは54歳、『冨嶽三十六景』を発表したの72歳、大器晩成型の絵師であった。

 北斎の自画像 天保10年(1839年)頃 出典:ウィキメディア・コモンズ

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 以下に各章(エリア)ごとに、代表的な作品について論じる。

 本文に掲載する作品は、クロード・モネの《陽を浴びるポプラ並木》 以外は、「北斎とジャポニスム」のパンフレットから転載。

 

第Ⅰ章 北斎の西洋による受容

 鎖国時代、シーボルトを始め出島のオランダ商館員たちが、北斎の絵本や肉筆画を西洋に持ち帰った。開国すると、来日した外国人たちは日本での紀行本や紹介本を発刊するが、日本の風景や風俗を表わすため、北斎の絵が挿絵として多数掲載されるようになった。

 明治に入って日本の美術品は大量に流出。特に北斎の作品に興味を持ち、収集する愛好家たちが数多く生まれた。更に、西洋に無い斬新な表現をする北斎に驚いた芸術家たちは、その絵を手本として模写したり、その画法を研究するようになる。

 西洋の画家が『北斎漫画』を模写した作品が、北斎の絵と並べて多数展示されている。
  

第Ⅱ章 北斎と人物

●エドガー・ドガ

 ドガは、踊り子を多く描いた。手を腰に当てたバレニーナの日常、何気ない動きをとらえたポーズは、『北斎漫画』に登場する相撲取りの姿。バレニーナの正面からの姿を描くの普通だろうが、背中を向けたポーズは、新鮮だったのだろうか。

 エドガー・ドガ 《踊り子たち、ピンクと緑》 1894年 パステル、紙

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 葛飾北斎 『北斎漫画』十一編(部分) 刊年不詳

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●メアリー・カサット

 それまで西洋では、幼い女の子でも行儀の良いポーズで描かれていたのだろう。このような退屈そうに寝そべって、足を広げた子供らしい姿は、まさに『北斎漫画』の大きな袋の上にユーモアのある太鼓腹の布袋様を意識しているのだそうだ。
 
 メアリー・カサット 《青い肘掛け椅子に座る少女》 1878年 油彩、カンヴァス

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 葛飾北斎 『北斎漫画』初編(部分) 文化11(1814)年

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第Ⅲ章 北斎と動物

●ポール・ゴーガン

 小動物、鳥、魚、爬虫類や昆虫は、モチーフとして北斎の作品に多く現われているが、西洋にはその生きた姿が作品の主役として描かれることは無かった。西洋から遠く離れた南太平洋のタヒチを本拠地としていたゴーガンも、浮世絵に興味を持っていた。北斎の丸々として愛くるしい3匹の子犬と同じく、平面的に描かれた子犬を3匹描いている。

 西洋画を見た日本人は、油絵など写実的で立体感のある絵に驚いたと思う。しかし西洋人が、簡潔で平面的ではあるが生き生きとした動作・表情の日本の絵に、新鮮さを憶えたのは皮肉なものである。

 ポール・ゴーガン 《三匹の子犬のいる静物》 1888年 油彩、板

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 葛飾北斎 『三体画譜』(部分) 文化13(1816)年 浦上蒼穹堂

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第Ⅳ章 北斎と植物

 日本では古来より、「花鳥風月」という言葉がある。花や鳥などの動植物を愛し、よく詩歌の題材になったり、絵にも描かれる。美しい自然や自然の美しい風物(風と月など)を重んじて観賞する、風雅な趣を楽しむことをいう。

●フィンセント・ファン・ゴッホ

 西洋では、宗教画が一番上で、その下に人物画、風俗画や風景画、静物画の順に位置づけられていた。しかも植物は静物画として、花瓶に活けた姿を描くのが定番だった。日本では花鳥画として、自然の中で根を張った植物が対象である。ゴッホは、野生に咲く花の姿を、しかもクローズアップして描くというのを北斎から学んだという。

 フィンセント・ファン・ゴッホ 《ばら》 1889年 油彩、カンヴァス

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 葛飾北斎 《牡丹に蝶》 天保2-4年(1831-33)頃 横大判錦絵

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第Ⅴ章 北斎と風景

●クロード・モネ

 モネは、北斎の作品をいくつも所有するほど、北斎好き。北斎は、松の並木や竹林越しに見る風景をよく書いていた。モネのポプラの木立がリズムよく並ぶ構図は、北斎の松の並木を参考にしているそうだ。

 クロード・モネ 《陽を浴びるポプラ並木》 1891年 油彩、カンヴァス (出典:ウィキメディア・コモンズ)

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 葛飾北斎 《冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷》 天保元-4年(1830-33)頃 横大判錦絵

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第Ⅵ章 波と富士山

●カミュ―ユ・クローデル

 西洋にも風景画の中に、海景画という分野があったそうだ。しかし北斎のように、波自体を主役にすることは無かった。北斎の『神奈川沖浪裏』の大波を見た西洋人は、きっとそのダイナミックさに衝撃を受けたであろう。大勢の西洋芸術家たちが、その大波(The Great Wave)にチャレンジした。

 フランスの女性彫刻家・クローデルの「波」は、「神奈川沖浪裏」をヒントに、彫刻によって大波を立体化したとされる。ただ大波の恐怖よりも、3人の女性たちを包み込むようで優しい。クローデルと親しかった作曲家・ドビュッシー(1862~1918年)も、北斎の絵から交響詩「海」を着想したとされている。(音声ガイドから、その曲を聞く。)

 左、カミュ―ユ・クローデル 《波》 1897-1903 オキニス、ブロンズ

 右、葛飾北斎 《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》 天保元-4年(1830-33)頃 横大判錦絵

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●ポール・セザンヌ

 北斎の富士山のように、セザンヌは南仏のサント=ヴィクトワール山を様々な構図で繰り返し描いたという。遠景に主役の山を置き、前景に木立を配して、中間の景色を俯瞰的に描く構図は、北斎の『冨嶽三十六景』の描き方に似ている。

 ポール・セザンヌ 《サント=ヴィクトワール山》 1886-87年 油彩

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 葛飾北斎 《冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二》 天保元-4年(1830-33)頃

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【常設展】 松方コレクション

 企画展「北斎とジャポニズム」を観賞した後、3年前に鑑賞した事があるが、常設展(松方コレクション)を駆け足で回る。企画展のチケットで、常設展の観覧は無料。

 鑑賞途中で気がついたが、当館が所蔵する作品(常設展示作品)については、写真撮影は可能。

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 ピエール=オーギュスト・ルノワール 《横たわる浴女》 1906年 油彩、カンヴァス

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 ピエール=オーギュスト・ルノワール 《帽子の女》 1891年 油彩、カンヴァス

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 右、ジョアン・ミロ 《絵画》 1953年 油彩、カンヴァス

 中央、フェルナン・レジェ 《赤い鶏と青い空》 1953年 油彩、カンヴァス

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 17:30、退館。

 本降りの雨の中、公園口からパンダ橋を渡って上野駅ビル商店街「アトレ上野」へ。

 18:00~19:30、不忍口、山下口から徒歩1分、「アトレ上野」1Fの道路側にあるイタリアン「バルピノーロ 上野」 (BAL PINOLO)で夕食。

 

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 ★ ★ ★

 【北斎を「影」で支えた葛飾応為】

 2016年10月16日、長野県小布施町の美術館「北斎館」(一般財団法人)に行った。葛飾北斎の肉筆画が多く展示してあり、北斎の多彩な才能に感動した。

 北斎は、信州・小布施村に縁があった。小布施の豪農商・高井鴻山は、江戸での遊学の折、北斎と知り合った。数年後の1842年(天保13年)秋、83歳の北斎が小布施の鴻山屋敷を訪れた。鴻山は感激し北斎を厚遇、自邸に一間のアトリエを新築した。北斎は1年余り滞在して創作活動に励んでいる。その後も数回、鴻山邸を訪れたという。
 

 2017年9月18日(月)夜7:30~8:43、NHK総合テレビで特集ドラマ『眩(くらら)~北斎の娘~』が放送され、視聴した。1時間ちょっとの番組だったが、単発でなく連続ドラマにすべきようなとても良い内容だった。

 83歳の北斎が、江戸から信州・小布施まで旅をした。昔の人は健脚であったろうが、高齢の北斎が一人で長旅をしたのだろうか。ドラマを見ていて、やっとわかった。娘・葛飾応為(おおい)が同行したのだった。

 NHK特集ドラマ『眩(くらら)~北斎の娘~』 NHKホームページから転載。

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 ドラマのあらすじは、次のようである。

 江戸の天才絵師・葛飾北斎の三女として生まれたお栄(後に葛飾応為、宮﨑あおい主演)は、町絵師と夫婦になった。しかし針仕事も殆どせず、父譲りの画才と男勝りの性格から夫の描いた下手な絵を笑ったため、離縁されてしまう。師である北斎(長塚京三)の元に出戻った応為は、晩年の北斎と起居を共にし、絵の手伝いが始まる。そんな中で、北斎の門人である絵師・善次郎(松田龍平)にだけは悩みを話すことができ、密かな恋心もあった。

 北斎を尊敬し、影で支える絵師として働き続ける。そして北斎の代表作である「富嶽三十六景」が完成した時にも、そばには応為がいた。父が高齢となり、思うがままに筆を動かせなくなってからも、応為は父の「影」として北斎の絵を描き続ける。北斎は眩しい光、自分はその「影」でいい。

 時は経ち、心のよりどころであった善次郎が、そして北斎もこの世を去る。そして60歳を過ぎた応為は、晩年に独自の画風にたどり着く。

 「影が万事を形づけ、光がそれを浮かび上がらせる。この世は光と影でできている」と・・・。

 

 応為の生まれた年は寛政13年(1801年)前後、没年は慶応年間とされるが、はっきりしない。美人画に優れ、北斎の肉筆美人画の代作をしたともされる。北斎は、「美人画にかけては応為にはかなわない。彼女は妙々と描き、よく画法に適(かな)っている。」と語ったと伝えられている。しかし残念ながら現存する作品は、10点前後と非常に少ないそうだ。西洋画法への関心が強く、誇張した明暗法と細密描写に優れた肉筆画が残る。

 葛飾応為 《吉原格子先之図》 1818-44年(文政-天保年間)頃 紙本着色 (出典:ウィキメディア・コモンズ)

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 この絵を見て、筆者は衝撃を受けた。西洋画のような光と影のある絵を書く人が、江戸時代にいたのかと。

 北斎作とされる作品、特に北斎80歳以降の作品の中には、実際は応為の代筆が相当数あると考えられている。目や耳も衰え、中気(脳卒中)で手が震えていた北斎が、90歳で没するまで描き続けたというのも、応為の支えや代筆があったと考えれば納得できる。ドラマでも、応為の名前では売れない絵に、北斎の落款(らっかん)を押すシーンが出てくる。
 

 ドラマの原作『眩』(くらら)は、直木賞の女流作家・朝井まかてによる歴史小説。『小説新潮』2014年12月号から約1年間連載され、2016年3月に新潮社より刊行された。


 墨田区亀沢にある公立の「すみだ北斎美術館」は、葛飾北斎を単独テーマとした常設美術館。2016年(平成28年)11月に開館したので、まだ新しい。北斎が本所界隈(現在の墨田区)で生まれ、生涯を送ったことから、当地に設置された。来月2月に鑑賞に行く予定で、新しい発見が楽しみ。

 

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