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2017年6月 3日 (土)

都内をめぐる日帰り研修旅行

 2017年5月30日(火)、迎賓館、深大寺、地下調節池、とげぬき地蔵をめぐる、都内日帰り研修バスツアー。
 

 都心では気温29℃の夏日。全国各地でも、今年一番の暑い日だった。

 バスは、午前7時半出発。参加者31名を乗せて関越道、外環道、首都高を走る。車内では、幹事の挨拶の後、お茶やお菓子、ビールが配られ、カラオケも始まった。

●迎賓館

 最初の見学先である元赤坂の「迎賓館赤坂離宮」に10時に到着。迎賓館は、外国からの賓客を迎えるのに支障のない範囲で一般公開されている。

 噴水のある主庭側からの迎賓館。

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 入館前に、テントの下で手荷物検査と金属探知機でのボディチェックがあり、30分以上も見学者の列に並ぶ。(写真下)

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 参観料は大人1000円、団体参観料は大人800円。

 館内には見学者のトイレがないため、入館前に済ますように。館内は撮影禁止、カメラはバッグにしまえ、レンズにキャップをせよとかなかなか細かい。決められた参観路を歩くよう、壁やカーテン、家具に直接手にふれないよう、繰り返しアナウンスされる。

 赤い絨毯、豪華な大理石、巨大なシャンデリア、金箔が施された彫刻、立派な天井画や壁画など、テレビで見る晩餐会や首脳会談などが開かれる広間を目の当たりにする。

 写真は、広間の一つ「彩鸞の間(さいらんのま)」。迎賓館のパンフから転載。

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 迎賓館の前庭から撮影。

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 12時、迎賓館をあとにする。

 
●深大寺(じんだいじ)

 調布市の「深大寺都内は、浅草の「浅草寺」に次ぐ古刹で、だるま市でも知られる。

 門前の「深大寺そば」が有名で、20軒以上のそば屋があるそうだ。12時35分、そば処に到着。そば定食を頂いた後、参拝に行く。

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 深大寺の山門。

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 本堂に参拝。

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 本尊は本堂に安置の阿弥陀三尊像。飛鳥後期の作とされる「銅造釈迦如来倚像(白鳳仏)」が、今年3月に国宝指定されたばかり。気がつかなかったが現在「釈迦堂」で特別開帳されているとのことだった。

 緑の多い深大寺周辺は、そば屋の他、土産屋、お休み処など、参拝客で賑わっている。

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 13時、深大寺を出発。

●地下調節池

 午後からは、「神田川・環状七号線地下調節池」へ。14時、善福寺川取水施設(杉並区堀ノ内)へ到着。

 地下調節池は、神田川水系の水害を防止するため、豪雨時に川の水を地下トンネルに逃がす東京都の施設。スライドやビデオ、模型での説明の後、地下40mにある直径12.5mもあるトンネルへエレベーターで降りて見学。

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 このトンネルには、照明は全く無い。案内の都職員が持つ懐中電灯を頼りに、後について行く。

 この先は、防災用にきれいな水が少し溜めてあって進めない。

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 環状7号線の地下、トンネルは延長い4.5Kmあり、54万トンの洪水を貯留できるそうだ。

 15時35分、善福寺川取水施設を出発し、巣鴨へ向かう。

 
●とげぬき地蔵

 最後は、「とげぬき地蔵」で親しまれる巣鴨の「高岩寺(こうがんじ)」。16時20到着。

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 境内にある「洗い観音」は、観音様に水をかけ、自分の悪いところの観音様の部位をさすると治るそうだ。

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 高岩寺前の「巣鴨地蔵尊通り商店街」は「おばあちゃんの原宿」と呼ばれ、塩大福などの和菓子や老人向け衣料のお店が並んでいる。

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 和菓子屋で、塩大福と玉子せんべいを購入。

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 17時、高岩寺を後にして帰路へ。18時半出発地に無事到着。


 研修旅行の名の通り、迎賓館、地下調整池など、普段行けないような施設を見学、また深大寺やとげぬき地蔵の高岩寺も初めての参拝で、有意義だった。

 ★ ★ ★

 迎賓館は、港区元赤坂の「迎賓館赤坂離宮」と、京都市上京区の京都御苑内に「京都迎賓館」があり、内閣府が管理している。

 迎賓館赤坂離宮の建物は、かつては紀州徳川家の江戸中屋敷があった所。1909年(明治42年)に皇太子の住まいである「東宮御所」として建設された。しかし、皇太子・嘉仁親王(大正天皇)は、ほとんど使用することなかった。

 その後、皇太子時代の裕仁親王(後の昭和天皇)や明仁親王(今上天皇)が一時お住いになった以外は「東宮御所」として利用されず、戦後は国立国会図書館や内閣法制局、東京オリンピック組織委員会などの国の機関に使用された。「東宮御所」は、皇太子が天皇に即位した後は「赤坂離宮」と呼ばれた。

 その後赤坂離宮は改修されて、1974年(昭和49年)3月に現在の迎賓館が完成。2009年(平成21年)12月には、明治以降の建物としては初めて国宝に指定された。 一般公開が始まったのは2016年 (平成28年)4月で、つい最近のことである。

 ★ ★ ★

 武蔵野の面影を残す「深大寺」の周辺は、隣接の旧寺領であった「都立神代植物公園」とあわせて、散策、憩の場所として知られている。

 中国の伝奇小説『西遊記』に登場する僧・三蔵法師として有名な玄奘三蔵が経典を求めて天竺(インド)へ行く途中、水神「深沙大王」(じんじゃだいおう)が砂の中から現れ、玄奘の難を救い守護したという(『西遊記』では、妖怪・沙悟浄のことか)。「深大寺」の名称は、その「深沙大王」に由来すると伝えられている。深沙大王は本来、疫病を除き、魔事を遠ざける神とされる。

 深大寺は豊富な湧水源の多い武蔵野台地の崖面に立地し、古くから周辺の田畑を潤し、水源地ということから霊場でもあったので、水神「深沙大王」ゆかりの深大寺の建立に至ったのではないかという。深大寺は733年(天平5年)、満功上人(まんくうしょうにん)が開創したと伝えられている。

 「深大寺そば」が名物となったのも、水の恵みがあったからか。蕎麦の栽培や水車を利用しての製粉、そば打ちに湧水が利用された。


 ★ ★ ★

 「とげぬき地蔵」の通称で名高い「高岩寺」の本尊・地蔵菩薩像(延命地蔵)は、秘仏のため非公開だそうだ。本尊の地蔵菩薩立像の姿を和紙に刷った「御影(おみかげ)」を祈願、またはその札を水と共に飲むなど、病気平癒に効果があるとされる。

 「とげぬき地蔵」の縁起は、次のようである。

 1713年(正徳3年)小石川の武士・田付又四郎の妻が、病気で死に瀕していた。地蔵尊に毎日一心に祈願を続けていた又四郎が、夢枕に立った僧のお告げにより地蔵の姿を印じた「御影」の紙1万枚を隅田川に流すと、妻の病は回復した。その後、毛利家の女中が誤って針を飲み込んで苦しんだ時、地蔵の印像を水で飲ませたところ、すぐに針を吐き出したという。

 以後、「とげぬき地蔵」の伝承が、他の病気の治癒や広く厄除け・招福にご利益があるとされ、現在でも高齢者を中心に参拝者が絶えない。

 高岩寺は、今から約400年前1596年(慶長元年)に熊谷(埼玉県)の「集福寺」の扶嶽太助(ふがくたいじょ)和尚が、江戸・神田明神下(千代田区外神田)に創建した。その後下谷(台東区上野)を経て、明治時代に巣鴨(豊島区巣鴨)に移転した。現在では末寺の高岩寺の方が有名だが、本来は熊谷の集福寺の方が本寺だそうだ。

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コメント

迎賓館赤坂離宮には入れたのrですか!羨ましい~!こちらに入るのは予約抽選が必要なんですよね.。善福寺川取水施設もビックリ、目から鱗です。

>ローリングウエスト様
今回の旅行は、1人~数人個人旅行でなく、旅行会社の手配による団体旅行でした。

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