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2017年3月14日 (火)

早春の三浦半島めぐり

 2017年3月8日(水)、日帰りの三浦半島めぐり。

 

 この日の三浦半島の最高気温は、11℃。天気は晴れだが、午後から雲が多くなり、所によってはにわか雨が降るとの予報。

 参加者18人が乗った貸切バスは、最寄りの駅前を9時出発。東名自動車道の海老名PAで休憩。有料道路の横浜横須賀道路、本町中山道路を経て、11時15分京浜急行の汐入駅前付近で下車。

 

●横須賀どぶ板通り(11:15~12:25)

  汐入駅付近から続く「どぶ板通り」を散策する。横須賀市本町1丁目~3丁目の国道16号(横須賀街道)の南側に並行した道路一帯を「どぶ板通り」と呼ぶ。

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 シャッターの閉った店が目立つ。水曜日は定休日なのか、米兵相手の店が廃業したのかか、それとも夜になって遊びに来るバーなどの店なのだろうか。アルファベットの看板もあまり見ない。

 横須賀のグルメは、「ネイビーバーガー」や「海軍カレー」。「どぶ板通り」の入口付近にある「海軍カレー館」に入る。

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 「元祖よこすか海軍カレー」(880円)を注文。

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 このカレーは、明治41年のイギリス海軍のレシピに最も忠実な『海軍割烹術参考書』(明治41年)に基づき調理したものらしい。牛乳とサラダが付く。小麦粉が入っていて、昔懐かしい味がする。

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 「どぶ板通り」は、「中央大通り」(横須賀中央駅から国道16号まで)にぶつかり終わる。

 写真は、国道16号との交差点(本町一丁目交差点)付近。

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 国道16号を横断し「三笠公園」へ。

 

●記念艦「三笠」(12:35~12:55)

 三笠公園には、日露戦争の日本海海戦で活躍した旗艦「三笠」が保存されていて、記念館として見学できる。手前の銅像は、三笠に乗艦し連合艦隊を指揮した東郷平八郎司令官(元帥)。

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 艦内を駆け足で観覧(600円)する。明治時代の戦艦だからだろうか、思ったより小さい。

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 15センチ副砲(レプリカ)の操砲展示。

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 上甲板と8センチ補助砲(レプリカ)。

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 艦橋(ブリッジ)の操舵室は意外と狭い。

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 前部30センチ主砲(レプリカ)。正面は横須賀米海軍施設。主砲が米軍に向かっているのではなく、艦首が皇居を向いているそうだ。あとで地図で見ると確かにそうだった。

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 記念撮影のスペース。背景の絵は、日露戦争での日本海海戦の様子を描いた東城鉦太郎(しょうたろう)の有名な『三笠艦橋の図』の複製。中央で指揮をとるのが、連合艦隊の東郷司令長官。

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 中甲板の艦尾にある「長官室」。長官が居住し、執務する部屋。ベッドもある。外国要人との応接にも使われるので、室内は豪華。

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 長官室の壁の中央に、明治天皇の御真影があった。

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 作戦会議などが行われた「長官公室」。

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 長官公室の隣は「艦長公室」、少し離れて大尉から中佐までの士官が使用する「士官室」などがある。

 ほかに中甲板には日露戦争に関する様々な資料を展示してある「展示室」、上甲板には「ビデオ室」がある。

 上甲板にある「無線電信室」。当時の最新鋭の三六式無線電信機を装備しており、バルチック艦隊発見の無線を受信し、艦隊の場所を把握して戦闘準備に備えたという。

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 三笠公園近くの地場産物総合販売所「よこすかポートマーケット」で買い物。

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 「ポートマーケット」は、横須賀・三浦など地元でとれた旬の農水産物を販売する地産地消マーケット。お土産やレストランの他、軽飲食の施設もある。

 バスは、汐入駅前付近からマーケット駐車場に回送され、13:05出発。

 よこすか海岸通りから三春町4丁目交差点を右折、三崎方面へ国道134号を南下する。三浦海岸を経て引橋から県道26号へ。

 「城ヶ島大橋」を渡って(通行料530円)、城ヶ島へ。

 
●城ケ島(14:00~14:55)

 伊豆半島で有名な「城ケ崎」と混同されやすいが、こちらは岬ではなく「城ヶ島」。

 城ヶ島は、三浦半島の最南端、周囲長約4 km、面積約1キロ平米、神奈川県最大の自然島。鎌倉時代以来の景勝地で、北原白秋の『城ヶ島の雨』で知られる。島の周りの岩礁地帯は、波状岩。この島の東半分には、神奈川県立城ケ島公園が広がる。ここは、三浦市三崎町城ケ島で、人口は約600人。

 島の東は「安房ヶ崎」、西に「長津呂崎」や「灘ヶ崎」、南に「赤羽根崎」、北に「遊ヶ崎」という岬がある。

 島の西側、「灘ヶ崎」に行く。相模湾の波は比較的静か。

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 岬に向かって右対岸の三崎港。

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 後方を見ると、さっき渡って来た「城ヶ島大橋」。

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 「灘ヶ崎」には小高い丘があって、登ると山頂に祠があった。

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 この山は「楫(かじ)の三郎山」と言い、祠のそばの木の枝には大漁祈願などの赤い布が結んである。

 三郎山から北西の「灘ヶ崎」の眺望。対岸は、湘南海岸、茅ヶ崎・平塚方面か。

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 三郎山からの南西方向の眺望。眼下に「灘ヶ崎」の磯、向うに「長津呂崎」の磯、左に城ケ崎灯台、中央は京急城ヶ島ホテル。

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 城ヶ島を出て、対岸の三崎港に移動する。

  

●三崎港(15:10~16:00)

 マグロで有名な三崎魚港。三浦半島最南端の港。

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 港にある産直センター「うらりマルシェ」で買い物。あじの干物600円、かまぼこセット1,000円。

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 対岸の城ヶ島。

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 手軽に海中散歩が楽しめるという半潜水式の観光船「にじいろさかな号」が、三崎港に帰って来た。

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 「にじいろさかな号」は、船底のガラス窓から海中をのぞくことができる観光船。約1時間に1本のペースで運航(料金大人1,200円)されているそうだ。

 国道134号線を北上し、荒崎入口交差点左折、1.5キロほど走って左折、海岸線を南下2キロ余り走ると荒崎。
 

●荒崎(16:35~18:00)

  荒崎公園の駐車場で下車。荒崎公園からは、海沿いに長浜海岸まで延びるハイキングコースがあるそうだ。三浦半島屈指の景観といわれる海岸美が楽しめるという。

 今回は、公園の北側の磯辺に行き、夕陽が伊豆半島に沈むのを眺める。

 波状岩が広がる荒崎の磯辺。

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 荒崎の海岸から見る富士山のシルエット。

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 日の入りは17:40頃。

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 18:00、貸切バスは、三浦縦貫道路、横横道路、東名自動車道を経て帰路へ。 

 20:30、出発時の駅前に到着。

 この日は好天に恵まれた。冷たい風が吹いたり日陰になったりするとヒンヤリするが、日差しが暖かい早春の三浦半島めぐりの1日だった。さすがに夕日を見る頃には冷え込むのでダウンを着たが、昼間は上着なしで過ごせた。

 

 ★ ★ ★

 戦前の横須賀「どぶ板通り」は、道の中央にどぶ川が流れていたそうだ。道が狭いため海軍工廠より厚い鉄板を提供してもらい、どぶ川に蓋をしたことから「どぶ板通り」と呼ばれるようになった。その後鉄板は撤去され、川は埋め立てられたという。この一帯は通称「どぶ板通り商店街」と呼ばれ、150軒ほどの商店・飲食店があるが、正式には「本町商店会」という。

 戦後は進駐軍・在日米軍横須賀海軍の兵隊向けの街として栄えた。いたるところにアルファベットの看板やネオンが溢れる異国風の商店街で、他の基地の街のようにベトナム戦争の頃が最盛期だったが、今やその面影も薄れつつある。 

 記念館の「三笠」は、1902年(明治35年)にイギリスで建造された。日露戦争では特に1905年(明治38年)の日本海海戦で、バルト海から派遣されたロシア軍バルチック艦隊と交戦し勝利を得る。1923年(大正12年)に退役、1926年(大正15年)に記念艦として横須賀に保存されていた。

 しかし第二次世界大戦後、占領軍の命令により大砲、マスト、艦橋などが撤去され、また米軍の娯楽施設になったり、物資不足で資材が盗まれたりして荒廃した。

 三笠を元の姿に戻そうとの運動が国内外で高まり、募金や米海軍の支援などにより、1961年(昭和36年)に復元。現在は防衛省が所管している。 

 

 城ヶ島の灘ヶ崎にある小山は「楫(かじ)の三郎山」と言い、案内板には次のように書いてあった。

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 対岸の三崎にある海南神社の祭神・藤原資盈(すけみつ)公が、貞観六年(864)故あって九州博多を出帆し、途中暴風にあい漂流の末、三崎に着岸されました。このとき、御座船の楫(かじ)とり役を司っていた家臣三郎をこの山に祀り、「楫の三郎山」と呼ぶようになったと伝えられています。

 また資盈(すけみつ)公が「わが住むべき地があるか」と問われたので、三郎がそのとっていた楫で占い、楫がおちた所に鎮座、これが神号になったとも伝えられています。

 大正初年頃までは、この山に主の大蛇が住んでいるから登るとたたりがあるとの言い伝えがあり、誰一人登ったことがなかったといわれています。

 今では、航海の安全と大漁を祈願する漁業関係者の信仰が厚く、毎月7日、17日、27日に多くの人々が参拝に訪れています。                          

                                                  三浦市
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<筆者注> 楫(かじ)とは、櫂(かい)や櫓(ろ)など、水をかいて舟を進める道具の古名。

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