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2017年2月24日 (金)

夏目漱石の妻と阿川弘之の妻

 明治の文豪・夏目漱石は、昨年12月で没後100年、今年2017年2月に生誕150年を迎えた。
 

 昨年末に、二松学舎大学で製作された漱石そっくりのロボット(アンドロイド、写真)が公開され、話題になった。

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 数年前から、毎年実施している都内の名所旧跡を巡るウォーキングの中で、漱石の旧居跡や墓地、漱石の小説に出てくる「伝通院」、「こんにゃく閻魔(えんま)」、「小石川植物園」、東大の「三四郎池」など、漱石のゆかりの地も訪ねた。

 漱石の旧居跡、2011/1/29千駄ヶ谷にて撮影。

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 漱石の墓、2012/1/22雑司ヶ谷霊園にて撮影。

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 ここでは、漱石の妻・夏目鏡子について記述してみたい。

 鏡子は、漱石が亡くなった後に結婚生活を口述し、それを漱石の弟子で長女・筆子の夫に筆記させた。その回想記『漱石の思ひ出』は、昭和初期に出版された。

 漱石は、幼少期に屈折した生活を過ごしたことがあり、小説家になる前は四国松山の中学教師、第五高校(熊本)の教授から東大の講師をしていた。頭脳は明晰だが、几帳面で気難しく、わがままで頑固者だった。しかしその後、留学先のロンドンで神経衰弱を患ってからは、ますます心が荒れてしまう。漱石の作品は良く知られていていくつか読んだこともあるが、留学中にノイローゼになった事は、ずっと後に知った。

 明治政府官僚のお嬢様だった妻・鏡子は、おおらかで自分の思ったことを口に出す性格、ことごとく夫とぶつかる。当時は漱石の弟子たちから、悪妻とも中傷されたこともあったようだが、今の基準で考えるとごく現代風の女性だったそうだ。

 妻として漱石との家庭生活の苦労を、この回想記で生々しく語っている。この回想記を元に、NHKで土曜夜のドラマ『夏目漱石の妻』となって、昨年9月から10月に4回に渡って放送された。

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 漱石(長谷川博己)の言動で家庭崩壊しそうな夫婦関係や親子関係を、妻(尾野真千子)は必死で守り、家庭の夢を追いかける物語。明治の亭主関白の夫、明治の女の芯の強さを少しコミカルに描いたこのドラマを、家内と一緒に興味深く視聴した。

 漱石は、小説を書きながらもひどい胃潰瘍、晩年には糖尿病にも悩まされ、小説『明暗』の執筆途中の49歳で亡くなった。亡くなるまでの彼女には、少しも平穏な結婚生活はなかったという。しかし、子供は2男5女もいた。
 
 このドラマが終わってから別の資料で知ったことだが、晩年の鏡子は孫に「いろんな男の人を見てきたけど、あたしゃお父様(漱石)が一番いいねぇ」と目を細めて言ったそうだ。20年も一緒に過ごした妻の苦労は、並大抵ではなかったはずだが…。
 
  

 この話を知った後、エッセイストでタレントの阿川佐和子が、あるテレビ番組で似たような話をしていたのに驚いた。佐和子のお母さんは最近になって、亡くなった夫で小説家・阿川弘之との結婚生活を振り返って、「幸せだった」とか、「いい人だった」と言うので、彼女は唖然としたそうだ。

 阿川佐和子は、テレビ番組の中で父親ことをよく批判していた。彼女の父親・阿川弘之は小説家で、代表作に『春の城』、『雲の墓標』のほか、帝国海軍提督を描いた三部作『山本五十六』、『米内光政』、『井上成美』などがある。文壇の重鎮として文化勲章をもらったほどの人だが、家庭では亭主関白、自己中心、短気で頑固者、堅物でいつも怒鳴り散らしていて、妻や子供たち(佐和子ほか兄弟)を困らせ、母はいつも泣かされていたそうだ。

 佐和子は、知的でユーモアがあって、聞き上手、話し上手。テレビ番組『ビートたけしのTVタックル』などでもお馴染。家内は、土曜の朝の対談番組『サワコの朝』が好きで、よく見ている。政治家や大物タレントにも物おじせず、ストレートに切り込む話し方が魅力だ。ベストセラーになった『聞く力』は、読んだことがある。

 弘之が一昨年94歳で世を去って一周忌の昨年7月、娘の佐和子は妻子に対しては絶対服従を求める「暴君」の父親の素顔を書いた『強父論』という単行本を出した。

 数日前に買って読んでみたが、数分おきに大声をあげて笑いながら、一気に読んでしまった。阿川佐和子のウィットに富んだ簡潔な文章ですっと理解でき、横暴で破天荒な父親・弘之の深刻な話だが、面白く楽しんで読める。

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 晩年の父親への介護の苦労から始まって、子供の頃は急に怒り出す父親にびくびくしながら育ったこと。大人になってからは、理屈っぽいが不合理、理不尽な考えの父親に従順ながらも確執もあり。そして、父親の最期の様子と亡くなってからのことが書かれている。

 弘之は、自分では合理主義者であると言うが、感情の先立つことが多い。男尊女卑でわがままで、妻や子供には絶対服従を求める。佐和子に対する口癖のひとつに、「文句があるなら出ていけ。のたれ死のうが女郎屋に行こうが、俺の知ったこっちゃない」だった。

 今なら児童虐待か、DV(家庭内暴力)か、それと離婚に対する敷居が低くなっているので、そんな夫婦は簡単に別れてしまうだろう。

 友達のような夫婦、優しい父親が今の時代は大多数だが、昔は怖くて強い父親はあちこちにいたのだ。亡くなった親戚の伯父、近所のおやじ、知人の旦那…、身近にいたそんな横暴な亭主関白の夫のいる家庭を見聞きした時、それに耐えている妻子に同情し、いたたまれない気持ちになる。そして、その妻の姿は、夏目漱石とか阿川弘之の妻と重なってしまうのだ。

 小説家としては立派でも、家庭では自己中心で古い考えの頑固な夫にあんなに苦労して不幸に耐えた妻は、夫が亡くなった後には夫のことをあんなに美化するものかと、そのギャップに言葉を失う。夫婦というのは、そんなものなのだろうか。

 

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コメント

先日、漱石そっくりのアンドロイドをTV出見てビックリしたものです。実際に生きていればこんな雰囲気だったのかと、想像力を膨らませます。文京区の文学ウォークは10年前に結構嵌っていました。

>ローリングウエスト様
5年前くらいに、夏目漱石の旧居跡「猫の家」に行ったことがあります。写真を撮っていたら、当時そこにお住いの奥さまが、たまたま外にいらしてお話したことがあります。

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