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2016年10月24日 (月)

荒川コスモス街道

 2016年10月22日(土)、埼玉県鴻巣市の「荒川コスモス街道」を歩く。

 

 写真は、荒川水管橋見学会でもらったカード。

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 この時期の荒川コスモス街道は、800万本とか1千万本という鮮やかなコスモスが見頃だ。この日はどんよりとした曇り空だが、天気予報の通り終日雨は降らなかった。

 JR高崎線吹上駅の南口付近に車を停め、10:45ウォーキング開始。

 吹上小学校、富士電機工場のそばを通り、西の方角へ住宅街を抜け荒川堤防に向かって歩く。

 11:10、途中の道路わきに「中山道 榎戸(えのきど)村」の石柱が立つ。

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 石柱の裏面には、次のような説明が刻まれている。

- ここは旧榎戸村の上方。村は中山道に面して東西五丁南北六丁余の小村だが、江戸以来、吹上、大芦村から糠田村に至る八ケ村へ田用水を供給する元荒川の「榎戸堰(えのきどせき)」があり、風光明媚な所として知られた。 -
 

 すぐ近くには、「榎戸堰公園」という小さな公園があり。その横には、元荒川の流れを調節するコンクリート製の現在の榎戸堰。元荒川はその昔、荒川と利根川が合流していた時代の荒川の本流であった。

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 榎戸堰公園の積上げられた石山の上に、立派な「代田仙三郎翁顕彰の碑」が建つ。

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 レリーフの人物は、この村の名主で1899年(明治32年)から第2代吹上村長を務めた代田仙三郎翁。翁は、村長時代に関係の村々や県を説得し、元荒川の治水・堰堤工事などの公共事業に奔走した。難工事のために費用は予算を遥かに超過したが、私財を投じて完成させたという郷土の名士。

 下流の田畑に用水を供給した榎戸堰は木造だったが、レンガと石材で近代的な用水堰に造り替えられた。村々は毎年くり返された修復普請の苦労から解放され、安定した用水を得られるようになったという。

 この堰から下流へ桜並木が続き、今は鴻巣市の桜の名所となっているそうだ。

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 11:15、荊原(ばらはら)地区にある荒川堤への上り口、吹上宿から熊谷宿に向かう中山道沿いに地蔵堂と二宮尊徳の石像がある。

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 地蔵堂の横に、市教育委員会の「権八地蔵とその物語」と題する説明板がある。「権八地蔵」は、この地蔵堂に安置される石地蔵で、「権八延命地蔵」とか「物言い地蔵」などともいう。

 鳥取藩士の平井権八は、同僚を殺害したため脱藩して江戸へ向かった。途中で金がなくなった権八は、この辺りで通りすがりの上州の生糸商人を辻斬りして300両を強奪。傍に立っていたこの地蔵に賽銭をあげ、「今の事は他言してくれるな」と手を合わせた。地蔵は、「わしも言わぬが、おぬしも言うな。」と口をきいたという伝説がある。

 平井権八は歌舞伎の演目『鈴ヶ森』の登場人物・白井権八にあたるそうだ。史実の平井権八は、1679年(延宝7年)鈴ヶ森刑場(品川区大井)で磔(はりつけ)の刑に処されている。なお地蔵堂の隣に、なぜ二宮尊徳像があるのかわからない。

 

 11:20、ここから舗装された荒川堤防の上を、南に向かって歩き始める。時折、サイクリング車が追い抜いて行く。

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 辺りの空には、パラグライダーが飛び交っている。どこかでエンジン音がする。山の上からフライトするのとは異なり、エンジンを背負ってプロペラの推力で平地から離着陸できるという「モーターパラグライダー」だ。(写真をクリックすると拡大表示)

 11:35、「荒川パノラマ公園」に着き、10分ほど休憩。ローラー滑り台付きの地上18mの展望台がある。

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 11:50、県道66号線(行田東松山線)が通る「大芦(おおあし)橋」の下をくぐる。

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 日本で一番長い、荒川に架かる美しい水道橋「荒川水管橋」が近づいてきた。

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 県企業局では県営水道を知ってもらうために、普段は立ち入ることができない荒川水管橋を実際に渡る見学会を、「コスモス・フェスティバル」に合わせて初めて開催。

 水管橋を歩く見学者が見える。

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 12:00、水管橋の下を通過。

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 水管橋の下にテントがあって、見学の受付をしていた。予約制のため、キャンセル待ちをエントリーして、先に進む。


 12:25、「コスモス・フェッティバル」荒川堤の会場に到着。

 22日(土)・23日(日)の2日間は、「コスモス・フェスティバル」が開催されている。「コスモスアリーナふきあげ」(旧吹上町民体育館)の前に屋台が並び、大勢の客で混雑している。歌や踊りなどのイベントが行われていて、指定場所でのコスモスの摘み取りもできるとそうだ。

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 堤防から河川敷に降りると、6.3ヘクタールの「吹上コスモス畑」が広がる。荒川水管橋を背景に、色とりどりのコスモスを鑑賞。

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 ピンクや白のほか、黄色いコスモス(イエローキャンパス)畑の一角がある。

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 12:45、堤防の斜面でコスモスを見ながら昼食。

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 今年は、台風10号の影響で河川敷が冠水したため、コスモスの生育が悪いそうだ。

 

 13:30フェスティバル会場を出て、水管橋に戻る。運良くのキャンセルがあって、水管橋を渡ることができる。

 見学コースが二つあって、「2Kmコース」は水管橋の端まで行って帰って来る往復40分のコース。途中までで帰って来る、往復20分の「400mコース」に参加することに。

 14:00ヘルメットと軍手を装着して、5、6階建てビルの高さにある2本の送水管(直径1.2m)に並行したメンテナンス用通路まで階段を上る。

 案内の職員の後を追って、一人分の幅しかない通路をゆっくりと歩く。

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 水管橋から左手を見ると、河川敷には遠くにコスモス畑、左手の建物(体育館)の前がフェスティバル会場。手前の芝生は、グランドゴルフ場。

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 右下の河川敷には、サッカー場。

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 終了後、おみやげに記念カードと「埼玉県のおいしい水道水」のペットボトルをいただく。

 

 この荒川水管橋は全長1.1Kmと日本一の長さを誇る水道用水の供給のための施設。1984年(昭和59年)に荒川に架けられた。埼玉県企業局が管理。

 利根大堰で取水された水はいったん行田浄水場へ送られ、そこで水道水へと生まれ変わる。浄水場からは地下パイプを経由して、荒川水管橋まで送水されている。利根川の水が荒川の上を越えて、県の西部地域の水道事業者(市や町)へと供給されるのだ。

 

 更に荒川堤防を日枝神社の小谷(こや)地区までコスモス街道は続くが、水管橋の見学で時間を費やしたため、ショートカットして吹上駅に向かうことに。

 14:30、水管橋を出て、北東方向に伸びる田園地帯と住宅街の中のまっすぐな道を歩く。

 14:50、吹上駅前着。この日の歩程16,000歩、約9.6Kmのウォーキングだった。

 

 

 ★ ★ ★                           

 「荒川コスモス街道」は、かつて埼玉県北足立郡の吹上町にあったが、2005年(平成17年)に川里町とともに町は鴻巣市に編入され、市域の一部になった。

 街道には春には菜の花やポピー、秋にはコスモスが咲き誇り、ウォーキングやサイクリングのコースとして利用されている。1985年(昭和60年)に吹上町の誕生30周年を記念して、荒川堤防沿いやコスモスアリーナ周辺の花畑に地元の人達がコスモスの手入れを始めたという。

 荒川コスモス街道の全長は、荊原(ばらはら)地区から小谷(こや)までの約3.1Km。吹上駅を起点・終点にすると、徒歩で約11Km、約3時間。

 ネットで写真を見ると、コスモスアリーナ前の河川敷だけでなく、堤防に沿って大芦橋や水管橋のたもと等にもコスモスが咲いている。以前この街道を歩いた人からも、堤防にもっと咲いていたと聞く。

 今回歩いてみて、なぜ堤防沿いに咲いてないのだろうか、花の手入れを止めたのだろうか。疑問が残る。

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コメント

久しぶりの更新ですね~!ようやく秋らしい爽やかな季節が戻ってきまたね。天高い青空にはコスモスがよく似合います。そして山は紅葉の輝きが始まっており、秋の深まりがこれから楽しみです!

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