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2016年6月29日 (水)

渡良瀬遊水地ウォーク

 2016年6月19日(日)、渡良瀬遊水地ウォーク。

 

 「渡良瀬遊水地」の自然と歴史を訪ね、東武日光線の藤岡駅から板倉東洋大前駅まで約15Km歩く。 

 「渡良瀬遊水地」は、わが国で最大の面積を誇る遊水地。茨城県古河市の北西に位置し、埼玉県、茨城県、栃木県、群馬県の4県にまたがり、総面積33km²(3300ha)にもなる広大な調節池。これは、山手線で囲まれた面積の半分に相当するというから、いかに大きいかが分かる。
 
 JR東北線宇都宮行きに乗り、栗橋駅で東武日光線に乗り換える。

 10:23、東武日光線の藤岡駅着。
   

 
●藤岡駅(スタート)

 10:40、藤岡駅前を出発。参加者6人。

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 駅前には、小さいタクシー会社以外は何もない。

 駅から住宅街を南に約2km、15分ほど歩くと繁桂寺の白壁と古い山門がある。

    
●繁桂寺(はんけいじ) 10:55~11:05

 正式には「潜龍山・繁桂禅寺」と称する曹洞宗の寺院。本堂は、コンクリート造りで新しい。

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 平安時代1145年頃の建立で、室町時代1628年(寛永5年)にこの地に移ったという歴史をのある古刹。境内には、藤岡城主の藤岡佐渡守、漢学者の森鴎村、実業家の岩崎清七などの墓がある。境内にある藤棚が有名で、5月上旬に紫色の花が垂れ下がるという。

 11:10、コンビニに寄って、昼の弁当購入。

 コンビニを出ると立派な栃木市藤岡体育館が建っていて、その隣に「栃木市藤岡遊水会館」がある。 

 

●藤岡遊水池会館 11:25~11:45

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 遊水池会館に入館(無料)。1階は、渡良瀬遊水地と湿地に関する情報提供、資料の公開、展示などを行う。半円形のコーナーに、渡瀬遊水地を感じられるようなパノラマ写真が設置。また栃木市のイベント、観察会、講座などの紹介を行っている。

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 遊水館のスタッフから、簡単な説明を聞く。

 2階は、貸出用の大会議室と栃木市の遊水地課事務室となっているそうだ。

 

 渡良瀬遊水地に向かって歩く。

 堤防に上ると、一面がヨシ(又は葦、アシ)原に覆われた広大な遊水地。その中に樹木や芝生が植栽されているゴルフ場「渡良瀬カントリークラブ」がある。写真では見えないが、遠くには筑波山が霞む。

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 堤防の上に作られた舗装された遊歩道を南に向かって歩く。時々サイクリングの自転車が、追い越して行く。

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 遠くに見えるビルは、古河の市街地。

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 ヨシ原は、遊水地総面積の半分を占めるという。3月下旬には、自然環境保全のため「ヨシ焼き」が行われる。

 しばらく堤防の上の遊歩道を歩くと、堤防の外に「旧谷中村合同慰霊碑」がある。

 

●旧谷中村合同慰霊碑 12:10~12:40 

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 足尾鉱毒事件に端を発した公害対策として、谷中村は1906年(明治39年)廃村となり藤岡町に合併。1973年(昭和48年)、旧谷中村の墓地を集め、納骨堂を兼ねた合同慰霊碑が建立された。

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 並べられた石塔には、「十九夜」や「十九夜供養」の文字と上部に観音様のような像が彫られている。これは、月待塔と呼ばれる民間信仰。特定の月齢の夜に集まり、月待行事を行った講中で、供養の記念として建てた塔。

 月齢の十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などがあり、「講中」と称する仲間が集まり、飲食のたあと、経などを唱えて月を拝み、悪霊を追い払うという宗教行事。十九夜講はほとんど女人講で、祈願も安産や育児、婦人の病などが多いそうだ。如意輪観音を祀る。

 このほか、庚申講の庚申塔なども集められている。合祀を拒んだ一部子孫の墓地は、この合同慰霊碑に移設されず、延命院跡などの墓地に残されているという。

 こで昼食・休憩。

 

 12:42、北エントランス(写真下)を通過。車で入る遊水地の入口(エントランス)は2か所あり、もう一つは中央エントランス。

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 北エントランス付近から、堤防の遊歩道を左に折れ、遊水地の中の直線道路を1.4kmほど歩く。

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 「谷中村遺跡を守る会」が立てた「横堤跡」の看板。

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 どこか特定できないが、この辺りに横堤という集落があったようだ。一軒一軒に当時の住居者の氏名(写真をクリックすると拡大表示)が書かれている。

 ここに来るまでに、ヨシ原の中にこんもりと盛り上がった丘に樹木が茂っている場所を2、3ヶ所見た。それが横堤の屋敷跡だったのかは確認できない。

 T字路に「谷中村遺跡入口」の道標。右に折れると、9時30分~17時までと表示のあるゲートがある。

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 ゲートを抜けると、その先右手に「ウォッチングタワー」(展望台)が建っている。

  
   
●ウォッチングタワー 13:10~13:30

 遊水地を一望、好天なら富士山のほか、浅間山、男体山や筑波山などの関東の山々も見晴らせるという。ここでしばし休憩。

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 眼下の道路は、左手の方向から歩いて来た。

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 谷中湖にそそぐ水路。この先の谷中湖の入口には水門がある。

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 水路の左手のアシ原は、「ヨシ原浄化施設」。ヨシの自然浄化機能により、生活雑排水や窒素・リン等を含む河川水をきれいな水にして谷中湖に流す。

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   バーベキューも楽しめる「子供広場ゾーン」(芝生広場)、大駐車場、レンタサイクルセンター、売店を通って、谷中湖の湖畔に着く。

 
●体験活動センターわたらせ 13:45~13:55

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 遊水地、湿地を見て触れて感じる体験、学習活動の支援を行う場。

 このセンターのスタッフから、遊水地や谷中湖の説明を聞く。

 
   
●史跡保存ゾーン 14:00~14:05 

 少し高台になった谷中村役場跡は、今は更地になっていて東屋が建っていた。

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 谷中村史跡保存ゾーンには、旧谷中村の役場跡、邸宅跡などには、住居者の氏名が書かれた碑が建てられいる。また、地図や谷中村廃村までの経緯が書かれた案内板で詳しく知ることができる。行かなかったが、他に雷電神社跡、延命院跡、屋敷跡などの史跡がある。

 
   
●谷中湖

  ハート形の人工の谷中湖は、面積4.5平方キロ、周囲9.2Kmにおよぶ巨大な貯水池。大雨時に貯水し、洪水を防ぐ目的で作られたが、栃木・埼玉・千葉・東京の生活用水池としても大きな役割を果たしているそうだ。

 谷中湖が、ダムだとは知らなかった。日本最初の平地型ダムだそうだ。写真は、国交省関東地方整備局利根川上流河川事務所のパンフから転載。

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 広々とした谷中湖は3つのブロックに分かれ、北ブロックではウインドサーフィンなどのウォータースポーツで賑わい(写真下)、谷中ブロックと南ブロックでは、魚釣りが楽しめる。

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 谷中湖の湖畔と湖上の遊歩道を約1/4周する。写真は、谷中湖の西岸から見る「北橋」。

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 「北橋」から見る谷中ブロックの人工浮島と「東橋」。

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 谷中ブロックの湖面には人口浮島を造り水質の改善を行い、水鳥の休息地や魚のすみかになっている。また、谷中ブロックに隣接して野鳥観察のできる「野鳥観察台」がある。

 写真は「西橋」を谷中湖の西岸から見る。

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 この後、「下宮橋」を渡って遊水地を出、県道9号線を横断、南西に20分ほど歩き東武日光線の柳生駅がゴール。

 しかし我々は、「下宮橋」を渡らず、ここから谷中湖の湖岸に沿って2km(約35分)ほど北上し、1つ先の駅の板倉東洋大前駅を目指す。

 15:17「思い出橋」を渡り、遊水地の外に出る。ここから、約2Km先に板倉東洋大前駅がある。板倉町立東小学校の脇を抜けると、駅の近くに「わたらせ自然館」があった。

 

●わたらせ自然館 15:30~15:35

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 入館無料。遊水地の立体模型、植物の写真・標本、昆虫標本などが展示。 ここは、群馬県板倉町の施設。

 
   
●板倉東洋大前駅(ゴール)

 15:45、東武日光線の板倉東洋大前駅に到着。駅の西口側には、東洋大のキャンパスが広がっている。

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 ここまで歩程約15Km、25,000歩。休憩含め約5時間だった。

   
 16:04板倉東洋大前駅発、南栗橋行き。栗橋でJR宇都宮線伊東行に乗り換え。16:53、大宮駅で下車。

 17:30~19:35、大宮駅東口一番街の居酒屋「鰓(えら)呼吸」で反省会。

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 大宮駅で解散。

 

 ★ ★ ★

 北関東を流れる利根川水系の渡良瀬川に、思川(おもいがわ)と巴波川(うずまがわ)が合流する辺りは、広大な湿地帯となっていた。

 ここは明治時代、渡良瀬川上流の足尾 銅山から出る鉱毒で渡良瀬川は汚染され、やがて田中正造が明治天皇へ直訴するという「足尾鉱毒事件」の舞台となった場所。日本の公害の原点となった。

 当時政府は、谷中村を廃村としたうえ鉱毒を沈殿させ無害化することを目的に、渡良瀬川下流の周辺湿地帯を含めたこの地域を貯水池化するために造られたのが「渡良瀬遊水地」。大半が栃木県栃木市(旧藤岡町)に属し、残りの部分が栃木県小山市、栃木県下都賀郡野木町、茨城県古河市、埼玉県加須市、群馬県邑楽郡板倉町に属する。

 その一方で利根川水系は、台風などの大雨時に堤防を決壊、大洪水 を発生させたため、1963年(昭和38年)以降は洪水対策として、渡良瀬貯水池が段階的に整備され、関東地域の洪水調節・都市用水の需給に役割を果たしている。

 また2012年(平成24年)、渡良瀬遊水地は水鳥や多様な湿地の生態系を守るために制定された「ラムサール条約」に登録された。

 人工の谷中湖(渡良瀬貯水池)は、1976年に着工し2002年に完成した。湖がハート形をしているのは、ハートの凹みの部分に谷中村の遺跡があり、1972年の造成時にブルドーザーに身を挺して守った谷中村の子孫たちの闘いの結果だという。

 
   
 関連ブログ「尚仁沢湧水と足尾銅山」 2015年8月6 投稿
   http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-f3d8.html

 関連ブログ「渡良瀬遊水地」 2014年3月28日 投稿
   http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-6b27.html
   

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