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2016年3月24日 (木)

比企西国札所巡り-その3

 2016年3月18日(金)、「比企西国三十三札所」を巡るウォーキングシリーズの3回目。
 

 
 33札所のうち、一昨年の第1回は埼玉県比企郡滑川町と嵐山町の7ヶ所、昨年の第2回は東松山市と比企郡吉見町の4ヶ所を回った。

 「比企西国札所巡り-その1」 2014年12月18日投稿
  http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-e8ac.html

 「比企西国札所巡り-その2」 2015年12月13日投稿
  http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-cf25.html

 

 今回は、超福寺、普門寺、潮音寺、延命寺、観音寺、宝蔵寺(以上比企郡川島町)、世明寿寺、東光院(以上東松山市)の合計8ヶ所を徒歩で巡る。

 

 日中は晴れ、桜の開花も早まりそうな最高気温19℃、4月中旬並みの暖かさ。参加者は、9:35東松山駅発の川越駅行の路線バスに乗車。

 バスは、国道254号線の旧道を走り、9:50川島町にある北戸守バス停で下車。

 

●超福寺(川島町戸守)

 バス停から最初の6番札所「超福寺」へは徒歩5分。

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 本堂(写真下)には寺社名を書いた扁額が無い。

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 境内にある北戸守地区の集会所(上の写真左手の建物)に、観音様(聖観音)が安置されているそうだが、確認できず。

 また本堂に続く住職の住まいと思われる建物にも人の気配が無い。天台宗の埼玉教区寺院紹介を見ると、「超福寺」の電話番号は東松山市高坂の「常安寺」の番号が書いてある。埼玉県の宗教法人一覧にも、「超福寺」と「常安寺」の代表役員名が同じ。「超福寺」の仏事は、「常安寺」が執り行っているようだ。

●普門寺(川島町正直)

 5番札所「普門寺」は、長楽用水路をはさんで超福寺の北の方向に10分、田園を歩く。

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 この寺は廃仏毀釈により廃寺となり、現在その場所には正直地区の集会所が建てられ、その前にある観音堂に聖観音が祀られているようだ。観音堂の中をガラス越しに覘くと、祭壇はカーテンで覆われていて、ご本尊は確認できない。

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●潮音寺(川島町正直)

 7番札所「潮音寺」は、「普門寺」のちょうど東の方向、国道254号線を横断し、長楽用水路に沿って20分ほど歩いた田園の中(下の写真の中央の樹木)にある。

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 天文年間(1532年~1555年)に建立されたという観音堂は、その後再建されたと思うが、年季が入っている。屋根が破損していて落下する危険があるので、しばらく参拝は控えるようにと注意書きが貼ってあった。

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 安産・子育て・子授けの観音として信仰を集め、2月21日の縁日は露店が集まり、護摩が焚かれるそうだ。この辺りの地名から「正直観音」とも呼ばれている。

 他に水子観音や幸せ観音、弘法大師の銅像もある。赤い屋根の建物は、潮音寺の本堂。

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●延命寺(川島町中山)

 長楽用水路の土手の上の舗装された小道を歩いて、国道254号線に戻る。

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 再び国道254号線を横断。この辺りの国道沿いには、圏央道の川島インターが近いせいか、大手運送会社の倉庫などが集まっている。この先を南西の方向へ農道を進む。

 約30分で、8番札所の「延命寺」。この寺は無住(住職不在)の寺であるが、2002年(平成14年)6月に、本堂落慶法要が行われたそうだ。境内の一部は、延命寺児童公園になっている。本尊は、十一面観音だが、確認できず。

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●観音寺(川島町戸守)

 更に南西の方向へ約10分。中山小学校の近くにある「観音寺」は、15番札所。ここも廃寺となっていて、墓地の中に観音堂がある。この観音様(聖観音)は、子授かり観音として地元の人に親しまれているそうだ。

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●宝蔵寺(川島町長楽)

 住宅街を抜けて、県道212号線に向かう。

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 工業団地に囲まれた県道212号線を通って東松山方面へ。35分ほど歩くと、16番札所「宝蔵寺」は都幾川に架かる早俣橋の手前にある。ここも廃寺で、観音堂が墓地の中にある。

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 文字のかすれた案内板には、「慶長2年(1597)8月に開山、本寺は下青鳥(東松山市下青鳥)の浄光寺。無住時代が長く・・・・明治2年・・・無住無檀の寺として廃寺となり、その際・・・である観音堂のみが残されました。ご本尊は聖観音、子安観音として長楽はじめ広く住民の信仰を集めて・・・。縁日は毎年8月18日、長楽当番により開帳されます。」と読めた。

 早俣橋を渡ると、東松山市に入る。

 

 12:40~13:10、三々五々と都幾川の堤防の上に座り、のどかな昼食。

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●世明寿寺(せみょうじゅじ、東松山市正代)

 田園の中を歩き、17番札所「世明寿寺」へ。宝蔵寺から約35分、赤い仁王像があるの立派な山門をくぐる。

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 山門の先にも立派な観音堂。

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  観音堂の内部を格子を通して覘いたが暗くてよくは見えない。中央に千手観音と左右に風神、雷神の2神と28部衆が揃って、あわせて30体が並んでいるという。

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 この他、和算家が奉納した算額もあり、これらは市指定の有形文化財となっているそうだ。

 このほかこの寺の鐘楼堂は、数年前に落慶法要が行われたらしく、新しかった。

 

●東光院(東松山市高坂)

 折本山緑地という林の中を、ケーズデンキやピオニーウォークなどの商業施設を右手に見ながら歩く。国道407号線を横断、カインズホームと高坂神社の間の小道を通って、高台にある「東光院」へ。この辺りは、昔と比べずいぶん宅地化が進んでいる。

 こちらは、「東光院」の本堂。

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 東光院の18番札所の観音堂。

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 観音堂のガラス度から覘くと、掛軸に描かれた聖観音が安置されていた。

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 休憩後、14:05解散。ここから10分で、東武東上線の高坂駅に到着。

 

 高坂駅駅までの歩程は、2万歩、約12Km、約4時間半のウォーキングだった。


 

 ★ ★ ★

 札所巡りは、「四国八十八所」、「西国三十三所」、「坂東三十三所」、「秩父三十四所」などが有名だが、「比企西国三十三所」というのは、ほとんど全国的には知られていない。埼玉県比企郡エリアのローカル版の札所である。

 遠隔地を巡礼できない人々のために、1723年(享保8年)に穏誉浄安(おんよじょうあん)により開かれたとされる。埼玉県の比企郡内で、東松山市9ヶ所、吉見町1ヶ所、川島町12ヶ所、滑川町4ヶ所、嵐山町6ヶ所、小川町1ヶ所のあわせて33ヶ所のお寺やお堂を巡る全行程約60kmのコース。 

 江戸時代には、地域ごとの札所巡りが全国各地に数多く作られたそうだ。

 しかし、多くは明治維新後、維新政府の神仏分離政策やそれを拡大解釈した廃仏毀釈によって廃寺となったり、本尊だけが他の寺院に保管されたりして、「比企西国三十三所」の中で現在も当時のままの形で残っているのは12ヶ所だけである。

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