吉見朝観音2015
2015年6月18日(木)、今年も埼玉県比企郡吉見町の「吉見朝観音詣り」に行く。
古くから地元では「吉見観音」と呼ばれ親しまれている坂東11番札所「岩殿山安楽寺」では、毎年6月18日に朝早くお詣りするとご利益があるという「厄除け朝観音ご開帳」がある。
御開帳に日に合わせ、今年も恒例の「吉見観音ウォーキング」が、開催された。出発地の会場に早朝5時集合、吉見観音までの数キロの道のりを徒歩で往復する。しかし、午前中に用事があって参加できず。車で行って参拝し、すぐ帰って来ることに。
このところ厚い雲で覆われたり、大雨が降ったり、降ったと思ったら晴れたりと、大気の状態が不安定な日が続いている。梅雨時期の6月18日の日は、ここ数年間は雨に降られずに済んだが、この日は朝からあいにくの雨。雨天決行で、ウォーキング参加者は傘やカッパを着用し、吉見観音に向かって出発。
午前6時頃、車を臨時駐車場に止め「吉見観音」の本堂に向かい、ウォーキング参加者と合流。
境内では相変わらず、名物の「厄除け団子」を売る露店が並び、傘を差した大勢の参拝客で賑やか。この頃から、雨も小降りに。
本堂正面に安置されているご本尊は、「聖観世音菩薩」。ロウソクの光だけで薄暗くて、観音さまはよく拝観できない。今年も家族の厄除けを祈願。
境内で売られる名物の「厄除け団子」は、米粉で作ったダンゴに串を通し、醤油をつけて焼いた昔ながらのシンプルなモノ。近所や親せきに配るためか、一抱えも買う人も見かける。江戸時代、疫病が流行した時にダンゴをつくって観音さまへお供えしたところ、疫病がおさまったのが始まりだという。
★ ★ ★
「吉見観音」つまり「安楽寺」は、今から約1200年前に奈良時代の僧・行基がこの地に「観世音菩薩」の像を彫って岩窟に納めたことが始まりとし、平安時代初期の坂上田村麻呂が奥州征伐の途中、この地に立ち寄り、戦勝を祈願し、堂宇を建立したと伝えられる古刹。また平安末期、源頼朝の弟範頼がその幼少期に身を隠していたという範頼ゆかりの寺と伝えられる。
6月18日という日は、ちょうど田植えが終わって一段落した時期というので、昔から決められたのだろうか。当日は深夜0時から昼頃くらいまで参拝客で賑やかというが、だいたい7時頃からは、参拝客はだいぶまばらになるようだ。朝早い方が御利益があるらしいので、まだ暗い午前2時から4時がピークだという話も聞く。その時刻には、まだ行ったことがないが、年が明けた元旦の初詣とどこか似ている。
2014年のブログ記事「吉見朝観音2014」は、こちら。
http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-8047.html
2013年のブログ記事「吉見朝観音2013」は、こちら。
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