無料ブログはココログ

« 国立西洋美術館「ホドラー展」 | トップページ | 捏造の科学者 »

2015年1月20日 (火)

もう一つの維新史

 昨年11月にやっと思いついて、単行本『もう一つの維新史~長崎・大村藩の場合』 (新潮選書、1993/11発売) の中古品を購入。先日2015年1月15日に読み終えた。

 

 以前から読もうと思って気になっていた本だが、発売されて20年以上も経ち絶版になっていたようだ。著者の元長崎大学教授・外山幹夫氏は、一昨年の2013年(平成25)に80歳で亡くなっている。

Book_img169

 幕末、幕府直轄の長崎に近い大村藩の第12代藩主・大村純熈(すみひろ)は、蘭学に通じ、文武や学問を奨励した。また外国船の来航に備えて台場を築き、洋式軍備を導入したり、軍船を改良したりした。 

 当時、藩論は倒幕に傾きつつあった。しかし1863年(文久3)幕府は、外様の小大名・大村純熈を長崎奉行に任命するという異例の人事を行った。何度となく辞退を申し出たが、幕府から嫌疑をかけられないよう、その職に就く。しかし藩主の奉行就任により、家老を中心とした佐幕派が、台頭するようになる。

 翌年、純熈は病気を口実に長崎奉行を辞任、また「大村藩勤皇三十七士」の中心人物で藩学者の松林飯山らが暗殺されたのを機に、犯人探しが始まる。藩内の数十人にも及ぶ佐幕派を獄門、斬首、切腹させて一掃し、勤王派を重用する。

 そして他藩に先駆け、藩論を「尊皇攘夷」と決定し、藩主先導の倒幕運動を薩摩藩や長州藩と力を合わせて行動を起こしていく。戊辰戦争では会津、秋田にも出兵した。

 この功績を買われ、禄高2万7千石の小藩ながら、新政府より賞典禄3万石を与えられた。これは薩摩藩・長州藩の10万石、土佐藩の4万石に次ぐものであり、佐賀藩の2万石を上回っている。

 

 ★ ★ ★

 この本は、大村藩で起きた勤皇派による佐幕派の大粛清である「大村騒動」を中心に描いている。ただ、勤皇派による佐幕派の粛清というのは表向きの見方で、佐幕派というのは、藩内の旧来秩序を守ろうとした保守派であったり、軍事などの藩改革に消極的な人達であったりした。また藩主の跡継ぎ問題や藩内での特定個人の私怨が絡み合い、「佐幕派」というレッテルを貼って、排除していったと著者は言う。

 藩主の覚えがめでたく、尊王派の中心となったのは若手藩士の渡辺昇。剣客としても有名で、京都での活躍は一説では鞍馬天狗のモデルともされる。その藩主の意向を背に、その発言力、行動力、また反対派に対する剛腕ぶりはすごい。昇は、長州藩の桂小五郎、高杉晋作、伊藤博文と親交を結び、薩長同盟のために尽力する。理由は病気だというが、戊辰戦争には参加してない。その兄の渡辺清は、薩摩藩の大久保利通、西郷隆盛らの信頼を得て、大村藩の討幕軍を率いて京都へ行き、新政府軍の参謀となっている。

 この勤皇派と佐幕派というレッテルが、粛清を実行した側「勤皇派」の者たちは、明治維新後の薩長派閥の政界で活躍する。渡辺昇は、やがて大阪府知事になる。兄の清は、福島県知事、福岡県知事を歴任。また勤王派の一人の楠本正隆は、東京府知事、衆議院議長を務めている。大村純熈は明治15年に死去したが、その後大村家は子爵を賜り、明治24年倒幕の功が認められて破格の伯爵に昇爵している。 

 

 ★ ★ ★

 別の資料によると、大村藩が尊王攘夷に早くから目覚めた一つは、ペリー来航より45年も前の1808年(文化5年)、長崎港にイギリス軍艦フェートン号が入り、オランダ人を人質にとるという「フェートン号事件」とも言われている。長崎奉行・松平康英は、これを追い払えなかったため切腹。この事件の警備を任された大村藩は衝撃を受け、外国に負けない近代化を図る必要性を感じたのだという。

 著者は史料に基づき、「もう一つの維新史」として、維新の裏側を暴き出した。どこかの国で、反対派を「反革命」として粛清した歴史と似ている。維新が必ずしも教科書のようなきれいごとではなかった。歴史とはこんなものか。またいつかどこかで繰り返すだろう。

 読んでいるうちに、大村藩は他藩に比べて長崎に近い地理的条件と、外様の2万7千石(実質は6万石ともいわれる)の小藩であったことから、藩主が革新的で藩論がまとまり易く、早い時期に藩主自らが尊王攘夷を唱えたこと。他藩では有能な下級武士たちが中心となったが、大村藩は家老を筆頭に有能な上級武士が勤王派を形成した。藩主の理解があったので、大村藩では脱藩をする者がいなかったこと、などの特徴が見えてきて面白い。ただ小藩ゆえに、薩長に並ぶほどの人材や、教科書に掲載されるほどの評価を受けなかったのは残念だ。

« 国立西洋美術館「ホドラー展」 | トップページ | 捏造の科学者 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: もう一つの維新史:

« 国立西洋美術館「ホドラー展」 | トップページ | 捏造の科学者 »

2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        

最近のトラックバック