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2014年3月12日 (水)

奥武蔵・大霧山

 2014年3月8日(土)、奥武蔵の大霧山(標高767m)に登る。

 

  「奥武蔵」とは、武蔵野の奥、または武蔵の国の奥地という意味。奥多摩の北側、奥秩父の東側の地域をいう。

 埼玉県の西側にある秩父盆地は、北側に上武山地、南・西側に奥秩父山地、東側に外秩父山地という3つの山地が取り囲んでいる。この「外秩父山地」は、標高1,000m以下の低山の山地で、関東平野の西縁である南北に走る「八王子構造線」(地質学上の構造線、JR八高線と並行に走る)に接する。毎年4月に、約5,000名が参加して開催される「外秩父七峰縦走ハイキング大会」は有名。

 

 「大霧山(おおぎりやま)」は、狭くは外秩父山地に位置し、「外秩父七峰」の一つで、標高は766.6m。笠山837m、堂平山876mと合わせて、比企三山とよばれる。その山容は美しく、山頂から秩父方面が一望、両神山や上越の山々、遠く浅間山も望める。コースは、旧定峰峠、秩父高原牧場、粥仁田(かゆにた)峠を通る。

 山に囲まれた秩父は、養蚕が盛んで生糸や絹織物の運搬、また秩父34か所の霊場巡りのため、秩父往還は秩父地方と江戸や甲州、上州など他国を結ぶ街道で、いくつかのルートがあった。その中の、東秩父村と秩父地方を結ぶ三つの峠越えルートにある二本木峠、粥仁田峠、旧定峰峠を「秩父往還三峠」というそうだ。

 

 ★ ★ ★

 東武鉄道東上線の小川町駅前に集合。9:05発のイーグルバス、白石車庫行(小川-東秩父間の路線バス)に乗車。

 バスは、荒川の支流である槻川(つきかわ)に沿って、上流に向かう。土曜日とあって乗客のほとんどは、ハイカー。東秩父村の「和紙の里」(約1,300年の伝統を有する手漉き和紙の見学・体験施設)を経由して、9:40白石車庫バス終点の3つ手前「経塚バス停」で下車(600円)。ここは、旧定峰峠の登山口で、標高320mくらい。

 

 登山口からいきなり積雪の上を歩く。この道は舗装路だが、除雪してなく車や人が通った形跡もない。先月中旬に降った大雪が融けて固くなってはいるが、深さは20cm以上はある。

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  やがて道は 行き止まりになって間違いに気づき、200~300m戻る。雪道にある分岐の小さい道標を見失っていた。登山道は、杉林の狭い山道となり、雪は深くなる。

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  雪で足を取られながら、登山道を登る。途中で少し林道を歩いた後、登山口から1時間40分後の11:20、「旧定峰峠」に到着する。

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 ここで、5分ほど休憩。この急な狭い峠を昔、牛馬の荷駄も通っていたという。近くに「ダイラボッチの伝説」の説明板あり。

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 ダイダラボッチは、日本各地に残る伝承上の巨人。山や湖沼を作ったという内容が多いことから、元々は国づくりの神であったのではないかとも言われている。

 

 ここからは尾根に沿って、急坂を登る。積雪のため登山道がわからなくなる。杉の木に巻き付けられた赤いテープの目印を目標に進む。目印に従って行くと、急坂を100~200m下っていた。おかしいと気づいて、元の位置に戻り、コンパスで進路を修正。

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 峠から20分後の11:55、地図上にある「檜平」と思われる開けたポイントに出る。

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 やがて、秩父高原牧場の有刺鉄線に沿って、陽当たりの良い緩やかな登りとなる。

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 牧場の向うに、中央の笠山(837m)とその右手に天体観測ドームのある堂平山(876m)が見える。

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 以下は、笠山と堂平山のズームアップ。

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 後方に石灰岩採掘により変容した武甲山(1,304m)の北斜面が見える。

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 一旦急坂を下った後、最後の急坂を登るともうすぐ山頂。

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 12:30、大霧山の山頂に到着。さほど高い山ではないが、山頂は開けている。天気も良く、武甲山、両神山、冠雪の浅間山、赤城山、日光連山など素晴らしい眺望。

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 山頂から南西方向。左手中望に武甲山。中央遠望は、雲取山などの奥多摩方面、右下は秩父市街地。

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 真西側。独特な山容の両神山のズームアップ。右手遠くに北八ヶ岳。眼下は秩父市街。

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 北西方向。左手遠望の真白に目立つ山は、浅間山。その手前近望の残雪のある低い山は、皆野町の美ノ山公園。その右手中望の低い山が宝登山で、更に右に長瀞町の市街地。右手遠望は、榛名山などの上州の山々と高崎・前橋市街。中央近望の小山は、秩父高原牧場の一部。

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 真北方向。左手遠望は赤城山、遠く伊勢崎、本庄の市街地。右手遠望に日光連山。手前の低い山々は、外秩父七峰の登谷山・釜伏山がつながり、右手前に寄居町の市街地が広がる。

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 昼食後、13:05下山開始。下りは、スパッツや軽アイゼンを装着。滑りそうな雪の下り坂を注意しながら下る。

 1時間半後の13:37、舗装された林道にぶつかるところが粥仁田峠。あずまやがある。

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 粥仁田峠は、「粥新田峠」とも書かれていて、「かゆにた」、「かゆにだ」とも読むが、地元の人は「かいにた」と言うらしい。粥仁田の由来は、前述の「ダイダラボッチの伝説」もあったが、別説では平安初期、後に征夷大将軍となった坂上田村麻呂が京から東征の折り、この峠で粥(かゆ)を煮て食べたという由来がある。

 

 ここで、5分ほど小休止。峠から250m先の分岐で、積雪のある登山道を避け、舗装された林道を南へ下る。ここの林道は除雪してあって歩きやすいが、所々凍結しているので、注意。

 この林道が長い。なかなかバス停に着かない。栗和田集落を経て橋場バス停へ下る予定だったが、朝日根集落を経て皆谷方面に遠回りしていた。

 14:50、皆谷バス停に到着。14:44発に間に合わず、次発の路線バスを50分ほど待つ。15:38発のバスに乗車して、16:05小川町駅前に到着(490円)。

 駅前の食事・酒処の「いわた家」で、2時間ほど打ち上げ。小川町駅18:14発の東武東上線の快速急行・池袋行に乗車し、帰路へ。

 
 所要時間は約4時間、登りの標高差は約450m。全歩程(歩数計換算)は約11Kmだった。

 

   
 ★ ★ ★   

 先月15日の記録的な大雪で、登山道はにほとんど残雪が続いていた。雪に足を取られたりして、けっこう足腰を消耗。帰りの林道は除雪してあったが長かった。
 

 この日は、冬型の気圧配置だったが、天気は晴れ。東秩父の最高気温は10℃程度だった。雪が残っていたが、思ったより寒くなくて、汗ばむほど。山頂からの見晴らしも満足。計画してくれた幹事に感謝。

 

 この数年間の奥武蔵の低山ハイキングの計画・実績は、次の通り。

  2010年2月23日 官ノ倉山(344m) 

       3月20日 二子山(883m)

  2011年2月13日 長瀞アルプス~宝登山(497m)

       3月19日 堂平山~笠山 東日本大震災(3.11)により中止。

  2012年3月17日 堂平山~笠山 雨により中止。

  2013年3月30日 雨の中、剣ヶ峰(876m)~堂平山(876m)。笠山(837m)は断念。
             ただし、筆者は所用により不参加。

  2014年3月 8日 大霧山(767m)

 

 関連ブログ記事「奥武蔵・堂平山~笠山」(2012年3月17日)

  http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-2d20.html

 

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