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2013年8月の4件の投稿

2013年8月24日 (土)

戦場ヶ原と日光滝巡り-その2

 2013年08月8日(木)、戦場ヶ原と日光滝巡りの本番。 

 「戦場ヶ原と日光滝巡り-その1」の続き。

 

 本番は、戦場ヶ原の散策をメインに、光徳牧場と追加、湯滝と華厳の滝を巡る。移動は貸切バスを利用。

 参加者15名を乗せたマイクロバス(貸切)は、最寄駅前を6:55出発。

 
 東北道の佐野SAで休憩、日光宇都宮道路の清滝ICで降りて最初のコンビニで、弁当を購入。下見の経路に従って、赤沼車庫の駐車場に10:13到着し、下車。

 

●戦場ヶ原 10:27~13:01

 
 赤沼車庫を出発、戦場ヶ原の自然研究路を歩く。下見の時と同様、倒木が気になる。

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 下見で見逃した、高山植物。左から、ハクサンフウロ(白山風露)、コバギボウシ(小葉擬宝珠)、キンコウカ(金光花)。

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 11:36、青木橋で20分休憩、早めの昼食。12:15泉門池(いずみやどいけ)で、15分ほど休憩。
 12:37、光徳・湯滝分岐。国道に出て光徳入口で貸切バスを待ち合わせる。

 

●光徳牧場 13:12~14:06

 
 光徳入口で、貸切バスに乗車し、光徳牧場駐車場(無料)へ。光徳牧場売店、光徳牧場、光徳沼へと歩く。

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 光徳沼は、逆川(さかさがわ)の上流にある周囲約300m、深さ約1mの小さな沼。湧き水が豊富。

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●湯滝(ゆだき) 14:12~14:40

 
 光徳牧場から、貸切バスで、湯滝駐車場(中型バス820円)へ。

 湯滝の水は、下段部で左右に分かれて、中央に岩が露出している。滝の正面から見ると、この岩の部分が不動明王に見えると、観瀑台にスケッチの張り紙があった。

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 湯滝を訪れた修行僧が、「滝に不動明王の姿が見える」と言ってから評判になり、新聞・TVにも取り上げられたそうだ。
 よく見ると、それらしい姿に見えなくはないが、写真にはうまく写らない。

 

●華厳の滝 14:57~15:23

 
 湯滝駐車場から華厳の滝駐車場へ。

 下見の時から、華厳の滝エレベータ乗り場の駅舎は保繕工事中。エレベータは営業中だが、無料の観瀑台から見学。

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 駐車料金は、マイクロバスも大型バスと同じ2,130円の設定で、高い。


 
 清滝ICから日光宇都宮道路、宇都宮ICから東北道。佐野SAで、休憩。自宅に、18:24着。
   

 ★ ★ ★

 
 
 
 この日の首都圏では、35℃の猛暑日だった。こちらは、晴れたり曇ったりだったが、最高気温は約25℃。木陰が多く、汗は出ない。涼しい一日であった。

戦場ヶ原と日光滝巡り-その1

 2013年07月31日(水)、1週間後の「戦場ヶ原と日光滝巡り」ための下見に行く。

 

 この日の天気は、天気はくもり。奥日光の戦場ヶ原は、2009年の9月尾瀬ヶ原の前日に歩いて以来、4年ぶり。

 
 最寄り駅に集合。乗用車1台に4人同乗して、7:00出発。東北道から日光宇都宮道路、国道120号を通り、中禅寺湖を経て、9:45赤沼車庫に到着。途中に「竜頭の滝」があったが、ここはパス。

 
 赤沼車庫からは、低公害ハイブリッドバスが運行されている。小田代原、西ノ湖、中禅寺湖の千手ヶ浜へ通じる日光市道沿いの自然や動植物を保護するため、1993年(平成5年)より一般車両の乗り入れが禁止された。低公害バスは、その代替交通手段として利用されている。千手ヶ浜まで片道300円。

 

 
●戦場ヶ原

 10:00、赤沼車庫を出発。戦場ヶ原の湯川に沿って、木道の自然研究路を歩く。

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 この時期、桃色のホザキシモツケ(穂咲下野)の花が、緑の中で一面に広がっている。正面は、大真名子山(おおまなこさん、標高2375m)、その左は小真名子山(2322m)。

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 湯ノ湖から中禅寺湖に流れる湯川。

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 戦場ヶ原の平原と、右手は男体山(標高2485m)、左手に太郎山(2368m)。中央の小さな2つのピークは、大真名子山と小真名子山。

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 正面に太郎山、左手に山王帽子山(さんのうぼうしさん、標高2077m)。

 
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 女性の手にとまったヒメシジミを撮らせてもらった。近寄っても逃げない。後で小学生たちが集まってきたので、小学校の先生と思われる。

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 11:40、青木橋から湯川。

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 12:00、泉門池(いずみやどいけ)。泉門池には小学生が大勢休憩(昼食)していて、にぎやか。ちょうど夏休みの林間学校だろうか、都内の小学校のようだ。

 
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 12:10光徳・湯滝分岐で、緩やかな登りの樹林の中を通る湯滝には行かず、光徳に向かう。この辺りの木道は、白樺の木と葦が生い茂る平原を通る。向うに男体山が見える。

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●三本松

 12:35、バス停のある光徳入口に出る。国道120号を赤沼車庫方面へ歩く。

 12:55、三本松に着き、展望台から先ほど通って来た戦場ヶ原を望む。

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 13:00~13:30、三本松のレストハウス「郭公(かっこう)」で昼食。

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●湯滝(ゆだき) 13:58~14:30

 再び国道120号を歩いて、13:50赤沼車庫駐車場へ戻る。ここからは車で数分で、湯滝駐車場(駐車料金は乗用車410円)。湯滝観瀑台から撮影。

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 迫力のある滝だが、左斜面や滝壺に流木などがあって、残念。

 「湯滝」は、「湯ノ湖」の南岸から斜面を流れ落ちる滝で、落差50m、幅25m。「華厳の滝」、「竜頭の滝」と並んで奥日光三名瀑のひとつ。

 
 上流の湯ノ湖のほとりには、日光湯元温泉がある。湯滝を流れ落ちた水は戦場ヶ原を流れる湯川となり、竜頭の滝を下って中禅寺湖へ流入する。

 

 
●華厳の滝 14:45~15:06

 男体山の噴火により堰き止められた中禅寺湖から流れる落差97mの滝。日本三名瀑のひとつ。「霧降の滝」、「裏見滝」と並んで日光三名瀑、奥日光三名瀑と合わせて日光五名瀑と言われることもある。

 湯滝駐車場から国道120号で、華厳の滝駐車場(乗用車310円)着。華厳滝エレベーター(530円)で、滝壷を正面間近に見ことができるが、利用せずに無料の観瀑代から見下ろす。

 カメラでは撮れなかったが、この時期の華厳の滝には、子育てのイワツバメが舞っているのが見える。

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●裏見の滝(うらみのたき) 15:30~16:15

 国道120号から安良沢(あらさわ)橋を渡ると市民病院の手前で左折、2kmほど坂道を上る。駐車場から滝まで、約10分の山道を登る。帰りは7分。

 裏見滝(うらみのたき)は、日光市の安良沢国有林、大谷川の支流である荒沢川にある。高さ約19m、幅約2mの比較的小さな滝。昔、滝の裏側に設けた道からも滝の姿を見られたそうだ。松尾芭蕉も奥の細道の旅の途中、この地を訪ねている。

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●寂光(じゃっこう)の滝 16:25~16:47

 再び、国道120号に戻り、日光・田母沢御用邸前を左折、田母沢川に沿って2Kmほど上る。駐車場から寂光の滝まで、きつい石段を約8分ほど登る。滝の名前の由来の「寂光(じゃっこう)寺」は明治時代に焼失、「若子(じゃっこ)神社」が残る。女峰山(にょほうざん、標高2483m)への登山口でもある。

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 高さ50m、幅6m、七段になって、田母沢川にそそぐ沢に落ちる。

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 寂光寺は、弘法大師空海が開基したと伝えられる。江戸時代には寂光権現、拝殿、不動明王堂などが立ち並び、修験道・浄土信仰の中心地として栄えたという。

 

 
●含満ガ淵(かんまんがふち) 17:00~17:30

 国道120号から日光東照宮の手前の日光総合会館前を右折、大谷川(だいやがわ)沿いの道をたどり、含満橋を渡ると「含満児童公園」の駐車場に着く。近くに庚申塔の石碑や、鳴虫山(標高1104m)の登山口の標識があった。

 児童公園に隣接して、「ストーンパーク」と呼ばれる公園が広がり、その中央の道を奥に進むと、「慈雲寺」の山門がある。

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 このあたりの大谷川(だいやがわ)の小渓谷が、男体山から噴出した溶岩によってできた奇勝「含満ガ淵」(または憾満ガ淵)である。

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 慈雲寺は、1654年(承応3年)に晃海僧正が創建。当時の建物は1902年(明治35年)の大洪水で流失、現在の本堂は1973年(昭和48年)に復元されたそうだ。奥には、徳川家康の側近だった天海大僧正の門弟が彫った約70体の地蔵群が並んでいる。この地蔵群は、「化地蔵(ばけじぞう)」、「並地蔵(ならびじぞう)」、「百地蔵(ひゃくじぞう)」などと呼ばれているという。

 日光でも、あまり知られていないスポットだが、ガイドブックを持った外人観光客も見かけた。

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 慈雲寺山門の手前には、「衣手も しぶきにぬれて 大谷川 月夜涼しく 岸づたひせり」の歌が刻まれている大正天皇の歌碑がある。日光田母沢御用邸に近いこのあたりを、散策しながら詠まれたという。

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 駐車場を出て、日光ICから高速道で帰る。自宅着19:57。

 

 ★ ★ ★

 3日前に、尾瀬の燧ケ岳に登って、まだ疲労が抜けず、筋肉痛が続いていた。

 この日は、戦場ヶ原の木道と戦場ヶ原に沿った国道、滝までの山道の上り・下りなど歩いたが、標高が高いので涼しくて汗はあまり出なかった。歩数計を見ると、11Km。筋肉痛と言いながら、よく歩いたものだ。
   

2013年8月23日 (金)

燧ケ岳-その2

 「燧ケ岳-その1」の続き。

 2013年07月27日(土)~29日(月)、尾瀬沼から燧ケ岳(ひうちがたけ)に登る2泊3日の山行。

  
 

 前日の27日(土)、尾瀬沼湖畔の「尾瀬沼山荘」に宿泊。昨日は19時半ごろ寝たので、午前2時ごろ目が覚め、後は朝までうとうとしていた。

 翌朝28日(日)、5:00ころ起床。6:00~朝食。

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 昨日宿泊予定のツアー客は、とうとう来なかったようだ。雨のせいだったのか、理由は連絡もないのでわからないとのこと。人数も多いので、料理などで山小屋は大きな損失だが、キャンセル料はどうなるのか。

 食堂にあるテレビは、昨日から天気予報の番組のみ。地上波なのか衛星か、ケーブルテレビなのか、このような番組は見たことがない。今日の片品村の天気は、午前中晴れ、午後くもり。降水確率0%の予報。山の天気はわからないが、早めに登ったほうが、良さそう。

 昼食のおにぎり受け取り、早めの行動で、予定より20分早い6:40に、山荘を出発する。

 夜中に雨が降ったようで、地面や木々が濡れている。くもりだが、時々日が差す天気で、清々しい。

 

 尾瀬沼を周回する木道を歩き、途中湖畔にある「元長蔵小屋」(現在、物置のようになっている?)で休憩。現在の長蔵小屋は、ビジターセンターの近くにある。 
 長蔵小屋(当時は行者小屋といった)を建てたのが、平野長蔵。話せば長くなるので省略するが、平野長蔵は尾瀬の歴史上の重要な人物。

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 元長蔵小屋のある湖畔から、尾瀬沼に映る「逆さ燧ケ岳」を眺める。山頂には少し雲がかかっている。

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 付近にあった赤い実をつけたハリブキ(針蕗)。棘(とげ、針)のある大きな葉が特徴だが、残念ながら撮れてなかった。

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 湖畔に沿って木道を進む。

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 7:29、ここが長英新道の燧ケ岳登山口。燧ケ岳まで4.5Kmとある。

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 ゆるやかな坂道が延々と続く「長英(燧)新道」を登る。長英新道は、平野長蔵の子の平野長英が拓いた。昨日の雨のせいか、ぬかるみ、水たまりが多く、スパッツも泥だらけ。

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 途中、休憩を何回も取りながら進む。やがて尾瀬沼が見えてくる。

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 コバイケイソウの群落で休憩。

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 ここから燧ケ岳(爼嵓か?)が、だいぶ近くに望める。

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 10:40頃から雨が降り出し、レインウェアを着る。

 ミノブチ岳の手前で急登になる。10:47ミノブチ岳到着。

 雲のため日光連山の展望なし。真下には尾瀬沼が広がる。ミノブチ岳は燧ケ岳の5つのピークのうち、一番低い標高2.210m(2,201m、2,220mや2,234mとの記載もある)。

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 少し登ったところで、ミノブチ岳(土が露出しているところ)を振り返る。

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 窪地には、雪渓が残る。

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 この辺りから、「ナデッ窪」に下りる分岐の道がある。

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 ナデッ窪は、尾瀬沼の沼尻と燧ヶ岳山頂を結ぶ谷。「雪崩ッ窪」と漢字で書くそうだ。雪崩が頻発するため、樹木が育たず、大きな岩がごろごろとしている。かつては信仰登山の道として利用され、燧ヶ岳に5本ある登山道のなかでも最も歴史が古い。

 1983年の秋、最初に燧ケ岳に登った。あの頃は若かったので、夜行日帰りだった。大清水駐車場に止めた車の中で夜を明かし、早朝に三平峠を越え、長英新道から燧ヶ岳に登った。下山は時間短縮のため、このナデッ窪を利用した。これが転げ落ちそうな急峻な登山道で、大きな岩につまづきそうになりながら、下るのに大変な思いをした。ハードスケジュールでもあったので、大清水に帰る道では、疲労困ぱいしたという記憶がある。

 

 三角点のある「俎嵓(まないたぐら)」を目指す。

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 11:35燧ケ岳山頂の俎嵓(2,346m)で、昼食・休憩35分。山頂に着くころには、雲が多くなってきた。眼下のガスの切れ目に、尾瀬沼が現われる。

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 西峰の「柴安嵓(しばやすぐら)」(2,356m)は、しだいにガスで見えなくなる。かすかに尾瀬ヶ原の一部が見えるが、至仏山の展望はなし。

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 上の写真の右手の俎嵓の頂上に、石祠がある。檜枝岐村に祭られている燧ヶ岳神社の奥の院となっていて、平野長蔵が明治22年に奉祠したそうだ。

 
 
 

 

 ここから柴安嵓へは、往復30分かかるがパスして、12:10に下山を開始する。

 急坂、ぬかるみ、大小の石が転がる悪路が続く。2~3か所、登山道に残雪あり、恐る恐る下る。

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 15年前は、このコースを逆に登ったのだ。こんな厳しかったという印象は、忘れてしまっている。どうも御池のコース(標高差833m)が、長英新道(標高差680)よりも楽だと勘違いしていた。

 13:34、「熊沢田代」の湿原に出て、平地となり一段落。休憩12分。熊沢田代は、熊が好んで通るところだと言われている。

 熊沢田代から、燧ケ岳方面を振り返る。しだいにガスが濃くなる。

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 左下の白いものは、ワタスゲ。

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 一面に黄色いキンコウカの群落。

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 再び急坂を下り、14:50「広沢田代」の湿原で休憩8分。

 キンコウカ と食虫植物のモウセンゴケ。

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 左は、チングルマ(稚児車)、春に白い花が咲き、夏は風車のような果穂となる。赤紫の花は、サワラン(沢蘭)。つぼんだままで、あまり開かない。

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 池塘の周りに、赤いモウセンゴケの群落。

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 再び、ぬかるみ、石のゴロゴロした急坂を下る。

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 15:58、尾瀬ヶ原と御池への分岐点、休憩5分。ここから御池駐車場まではすぐ。

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 16:07、御池駐車場に到着。ここまで休憩を入れて下山に4時間かかった。山荘を出てから実に、9時間半かかっている。

 駐車場で、登山靴の泥を洗い、着替える。

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 16:30、駐車場を出発。駐車料金1,000円だが、民宿の宿泊者は、1,000円キャシュバックできるそうだ。国道352号、御池から民宿「駒口」まで13Km。

 

 17:00、民宿「駒口」にチェックイン。村の中心街からは少し離れ、会津駒登山口に近い所にある。宿泊代は一人7,500円。

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 入浴後、夕食18:15~。疲れていて、明日予定の会津若松市中観光の気分にならず、中止して早めに帰ることにする。

 20:00~全員でNHKの「八重の桜」を見て、21:00就寝。

 

 翌朝29日(月)5:00起床。7:00~朝食の後、8:05~8:40村営の共同浴場「駒の湯」で朝風呂へ。宿泊者割引で、一人300円。

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 8:57、民宿を出発。

 352号線「道の駅番屋」(9:40~9:59)で休憩。国道352、121、400号を経て、11:05西那須塩原ICから東北道、東北道佐野SAで約50分休憩。昼食は、佐野ラーメン600円。

 自宅には、14:14着。

 結構ゆっくりしたペースだったが、今回の燧ヶ岳登山は、結構きつかった。帰ってから数日間は、めずらしく筋肉痛が続いた。

 

 ★ ★ ★

 Yさんが企画してくれた会津若松市中観光は、以下の5つの史跡を巡る予定であった。(鶴ヶ城、飯盛山、白虎隊の墓は、すでに行ったことがあるのでパス)

 
 ①会津酒造歴史館

 
 ②御薬園(歴代の藩主が愛した庭園、薬草を栽培する薬草園が名前の由来)

 
 ③会津武家屋敷(会津藩家老の西郷頼母邸を中心に総合ミュージアムパーク)

 
 ④会津藩主松平家墓所

 
 ⑤天寧寺(てんねいじ、戊辰戦争の責任を背負って切腹した萱野権兵衛、刑死した新選組近藤勇らが、寺の墓地がある。)

 せっかく下調べしておいたのだが、またに何かの機会に、実現したい。

2013年8月22日 (木)

燧ケ岳-その1

 2013年07月27日(土)~29日(月)、尾瀬沼から燧ケ岳(ひうちがたけ)に登る2泊3日の山行。

 
 8月になって何かと忙しい毎日が続いた。なかなかブログを書く時間がなくて、公開が遅くなってしまった。

 

 燧ヶ岳(ひうちがたけ)は、山頂は福島県南会津郡檜枝岐村に属する火山で、尾瀬国立公園内にあり、尾瀬ヶ原を挟んで至仏山に相対する尾瀬を代表する山。日本百名山で、東北地方の最高峰の標高2,356m。

 燧ケ岳に登るのは、3回目で15年ぶりくらいだろうか。尾瀬御池(みいけ)から、沼山峠を経て尾瀬沼に下り、その日は「尾瀬沼山荘」に前泊。2日目、長英新道から「燧ケ岳」に登頂、御池へ下りて桧枝岐の民宿泊。3日目は、当初予定の会津若松市中観光を中止し、桧枝岐「駒の湯」で朝風呂の後、直接帰路へ。

 

 ★ ★ ★

 7月27日(土)6:45、自宅を出る。6名はワゴン車1台に同乗。9:12、関越道小出ICで降り、国道352号を走る。

 9:48~10:00、銀山湖(人口湖の奥只見湖)遊覧船銀山平乗り場の待合所で休憩。只見川の上流のこの銀山平では、江戸時代に銀が発見され大いににぎわったという。銀山湖は、昔その名をよく聞いてはいたが、釣りのメッカで、70cmを超えるイワナやサクラマスが釣れることもあるそうだ。湖では、釣り人がレンタルのボートを浮かべている。

 遊覧船は、ダムサイト近くにある奥只見乗り場から、尾瀬口乗り場まで定期便(所要時間40分)が出ていて、尾瀬口乗り場からは、御池・沼山峠へバスがある。

 

 11:25、尾瀬御池(標高1,513m)に到着し、大駐車場に車を置く。

 「尾瀬御池ロッジ」の隣接する「山の駅 御池」で昼食。牛丼、うどん、そば、カレーなどがある。この御池のロッジと山の駅、沼山峠の山の家は、檜枝岐の村営。

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 この「御地」は、今はないが大昔、池であったそうだ。 

 12:25、シャトルバス(会津バス)で御池を出発。シャトルバスは、約20~30分間隔で出ていて沼山峠まで、500円。やがて携帯電話が、通じなくなる。

 12:40、沼山休憩所(標高1,699m)に到着。12:50、オオシラビソの樹林の中に入り、尾瀬沼に向けて出発。

 沼山展望台までは急坂を登る。この辺りは、いつの頃からだろうか、登山道が木製の階段や木道などで、よく整備してある。上りから下りに至る平地の部分が沼山峠だと思うが、標識はない。地図上にある沼山峠展望台(標高1,781m)は、以前来た時もそうだったが、場所を確認できず。わずかに樹間に尾瀬沼が垣間見える場所はあるが、展望台らしくはない。展望台の通過時刻は、後でGPSで確認すると、13:10ころだったようだ。

 

 ここからは、ずーっと長いゆるやかな木道の下り。やがて平地になって、大江湿原の小渕沢田代分岐で、休憩8分。大江湿原で尾瀬沼に近くなると、ちょうどニッコウキスゲの群落が咲き誇る。

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 小川に魚がいると言って、橋の上から覗き込んでいる。見ると、結構大きな魚が群れていた。ギンブナ、イワナ、カワマス、ハヤなどが尾瀬沼には生息しているらしいが、特定できない。向うに燧ケ岳が見える。

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 雨がバラパラ降ったり、止んだりで、天気は不安定。レインウエアを着る人もいるが、ザックから出すほどもない。14:16、尾瀬沼ビジターセンターに到着。(写真は。翌朝に撮影したもの。)

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 ビジターセンターの中には、燧ケ岳についての解説があった。火口付近には、柴安嵓(しばやすぐら、2,356m)、俎嵓(まないたぐら、2,346m)、ミノブチ岳、赤ナグレ岳、御池岳の5つのピークがある。

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 また燧ケ岳の名前の由来については、火打ち石がとれたという説もあるが、6月頃檜枝岐方面から眺めると、俎嵓の左斜面に鍛冶屋の使う「ひうちばさみ」形の残雪が残るためこの名がついたとされていて、初めて知る。

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 14:40、ビジターセンターを出て、尾瀬沼遊歩道の平地を歩き、15:00、「尾瀬沼山荘」(標高1665m)に到着と同時に、タイミングよく大雨が降り出す。この日の宿泊料は、9,500円、翌日のおにぎり弁当500円(以前、東電小屋では800円だった)を注文して、前払いする。

 大雨のタイミングで、山荘に着くと停電だとのこと。長蔵小屋も停電らしく、ここは、東電小屋のような自家発電ではなく、片品村から電気を引っ張っているそうだ。16:00~3人ずつ入浴。停電が復旧して、山荘の自動販売機で、ちょっと高いが350mlの缶ビール480円で一服。

 夕食17:30~では、生ビール750円で乾杯。夕食は、山小屋のイメージにしては、ちょっと上品な料理。

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 夜の「尾瀬の自然解説」は、何故かなかった。20名ほどのツアー客が宿泊すると山小屋の支配人から聞いていて、うるさくなるかなと思ったが、とうとう来なかった。

 21:00が消灯だが、テレビもなく何もすることもない。明日の装備を整え、英気を養うため、19:30ころにはみんな寝てしまった。

 

 この後は、次のブロブ記事「燧ケ岳-その2」に続く。

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