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2013年6月の2件の投稿

2013年6月21日 (金)

天王洲アイルと築地本願寺

 2013年6月8日(土) 10:00~13:00、品川区にある「天王洲公園」に隣接する「東品川海上公園」に行く。

 東京モノレール天王洲アイル駅、またはりんかい線天王洲アイル駅(写真下)から徒歩約10分。

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●天王洲アイル

 
 天王洲アイルは、品川区東品川の臨海部にある再開発エリア。1990年代初頭に完成した。東京モノレールに天王洲アイル駅が開業した時、珍しい名前の駅だなと、ずーっと気になっていた。

 
 天王洲は、海中の土砂が堆積してできた洲、現在は埋立地。1751年(宝暦元年)、品川沖のこの海で、船人が「牛頭(ごず)天王」の面を引き上げたことに因み、「天王洲」の地名の由来となっている。牛頭天王は、日本の神仏習合における神で、日本神話のスサノオノミコトと同体とされている。京都祇園社(現八坂神社)の祭神として有名。アイルとは、英語で「島」の意。

●東品川海上公園

 東品川海上公園は、目黒川が天王洲南運河に注ぎ込む河川部に位置する品川区立の公園。北側と南側は運河で分かれており、「アイル橋」(左手のアーチ橋)で結ばれている。

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 北側は「天王洲公園」、南側は都の下水道局「東品川ポンプ所」に隣接している。

 天王洲公園は、野球、サッカーなどのスポーツに利用できる人工芝の多目的広場で、品川区立の施設。

 海上公園は、鯨をイメージした滑り台と、運河沿いにボードウォークが設けてある。じゃぶじゃぶ川や噴水などがある。

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 珍しいのは、下水道局の東品川ポンプ所のビルの屋上が、屋上公園として整備されていて、一般に公開されているのがおもしい。この庭園は、ガーデニングスタッフによりよく手入れされている草花を植栽した洋風庭園と和風庭園があり、屋上とは思えない(写真下)。海上公園から階段を昇って行ける。高いビルではないが、屋上からは天王洲アイル、レインボーブリッジ、お台場などが見渡せる。

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 屋上庭園から、海上公園の広場を見下ろす。

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●寛政の鯨

 
 東品川海上公園の北側には、鯨をイメージした滑り台(写真下)があって、そばには説明板がある。「寛政の鯨」の史実に基づき、この遊具が設置されたと書いてあった。左手の運河の水門にも、鯨の絵が描いてある。

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 「寛政の鯨」を調べてみる。約200年ほど前の1798年(寛政10年)、暴風雨によって品川沖に一頭の鯨が迷い込んだ。近隣の漁師たちは、力を合わせてその鯨を天王洲に追い込み、浅瀬で動けなくなったところで生け捕りにしたそうだ。

 鯨は長さ16メ-トル、高さ2メ-トルの「セミ鯨」で、その知らせが江戸中に伝わると、大勢の見物人が押しかけた。鯨を一目見ようと漁師たちの船を借り上げて見物したので、漁師たちの懐には思わぬ大金が入ったという。

 ついには11代将軍徳川家斉までが上覧する騒ぎとなり、漁師たちは鯨に縄をかけて浜御殿(今の浜離宮公園)の沖まで、船で引いて行く。家斉は大いに喜んだが、その後、鯨は弱って死んでしまう。漁師たちは鯨を解体して油をとり、骨を目黒川河口付近の利田神社境内に埋め、鯨の供養碑「鯨塚」を建てた。

 
 この江戸の「寛政の鯨」事件は、「享保の象」(以下のブログ記事参照)、「文化の駱駝(らくだ)」とともに、江戸動物三大事件として知られている。

 2012年4月のブログ記事「長崎から江戸へ旅した象」
 http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-845e.html

 

 ★ ★ ★

 昼食後の15:10頃、中央区築地三丁目の「築地本願寺」に行く。

 
 
 日本の仏教施設としては異様な外観で、初めて見る人はちょっと驚く。

 築地本願寺は、「浄土真宗本願寺派」で、京都にある西本願寺の直轄寺院。宗祖は親鸞聖人。真宗本願寺派は、真宗大谷派(「お東さん」)と区別して、「お西さん」と呼ばれる。

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 創建は1617年(元和3年)で、浅草近くの横山町に京都西本願寺の「別院」として建立され、「浅草御堂(みどう)」と呼ばれた。1657年(明暦3年)の大火で焼失したが、幕府の区画整理で、旧地の再建が許されなかった。海を埋め立てて土地を築き、1679年(延宝7年)に再建、「築地御坊(ごぼう)」と呼ばれるようになる。
 

 1923年(大正12年)には関東大震災により坊舎を焼失、東京帝国大学工学部教授の伊東忠太博士の設計により、1934年(昭和9年)現在の本堂が落成。当時の宗教施設としては珍しい鉄筋コンクリート造り。

 

 この本堂の外観は「インド様式」の石造りだそうだ。下の写真は、本堂入口に立つ獅子。神社の狛犬や獅子とも違う。よく見ると翼がある。ピラミッドのスフィンクスみたいな空想上の動物だが、今まで見たことない。メソポタミアやギリシャ神話には、身体はライオンで鷲の翼を持ち、顔は人間のスフィンクスがあるそうだ。

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 本堂内部に入ると、祭壇の前は、畳ではなく椅子席が並ぶ。写真撮影禁止のところが多いが、ここでは特に禁止してなかったので、参拝して撮影させてもらう。

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 ご本尊は、聖徳太子の手彫とされる阿弥陀如来立像(写真左)。右は、祭壇の両側にある大太鼓。

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 昨年の2012年(平成24年)、浄土真宗本願寺派の新体制移行に伴い、正式名が「本願寺築地別院」から「築地本願寺」になった。

 

 

 ★ ★ ★

 夕方、西新宿の「新宿パークタワー」に行く。

 16:30~新宿パークタワー1Fギャラリーで、日本写真協会など主催の「1000人の写真展」を見学。

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 17:30~19:30、新宿パークタワーB1の新宿自然郷「海山」で懇親会。

 この日は終日、よく歩いた。歩行距離は、およそ10Kmちょっと、10Km以上歩くのは5月8日以来の1か月ぶり。

2013年6月19日 (水)

吉見朝観音2013

 2013年6月18日(火) 毎年この日は、「吉見朝観音詣り」の早朝ウオーキング。

 

 早朝まだ暗い朝3時半頃起床、朝4時半自宅を出る。朝早くお詣りして厄除け団子を買うとご利益があるというお寺まで往復約10Kmくらい歩いて、朝8時前には帰宅。梅雨に入っていて、くもり空のこの日、早朝とはいえ蒸し暑く、汗ダクダク。

 

 埼玉県比企郡吉見町にあるこの寺は、地元では「吉見観音」で親しまれているが、正式には「岩殿山安楽寺」。坂東第11番札所。古くから毎年この日は、「厄除け朝観音御開帳」が行われ、境内や参道には「厄除け団子」の出店が並び、団子を買い求める参拝客でにぎわう。若い女性には、「婚活寺」として有名。

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 昨年のブログ記事「吉見朝観音2012」は、こちら。

 http://otsukare-sama.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-8047.html

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