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2013年3月 7日 (木)

長瀞・宝登山のロウバイ園

 2013年2月28日(木)、長瀞(ながとろ)の宝登山(ほどさん)に登り、蠟梅(ろうばい)の花見に行く。

 

 埼玉県秩父郡長瀞町にある宝登山は、最近では2年前の2011年2月13日に登っている。
 この時は、長瀞駅の一駅先の野上駅から、「長瀞アルプス」と呼ばれる稜線を歩き、宝登山の北西にある登山口から宝登山に登り、宝登山神社に下山、長瀞駅までの歩程8.6Km、3時間20分のハイキングコース。登山道のところどころに残雪やぬかるみがあり、滑りやすく歩くのに大変だった記憶がある。

 この日の秩父地方は快晴、最高気温は16℃、今年初めての暖かい日。「早春の花見」で蠟梅(ろうばい)を見るため、長瀞駅から宝登山を往復するウォーキング会に参加。歩程は、片道3.4Km、約1時間。

 参加者22名は、電車で秩父鉄道の長瀞(ながとろ)駅へ。

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 9時25分駅前を出発、国道140号線を横切って、緩やかな坂道になった参道を歩く。1Kmほどで宝登山(ほどさん)神社に着く。

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 近くには、ロープウェイ山麓駅がある。ここから山頂まで約2.4Kmの山道を登る。急な坂道で汗ばみながら上着を脱ぎ、長瀞の街並み見下ろす場所で休憩。

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 山頂に近付くにつれ、日陰には雪が残っている。猿や鹿とふれあえる「宝登山小動物公園」が見えると、山頂はもうすぐ。

 やがて急な階段を登れば鳥居が現れ、10時45分宝登山神社の奥宮に到着。案内板には1,900年前、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)がここで神霊を拝したとある。武甲山や両神山の神社がそうであるように、狛犬がオオカミになっている。

 ここから南側に回るとすぐに、標高497mの標識のある山頂。

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 山頂の南側斜面には、満開の「西ロウバイ園」が広がる。石灰岩の採掘で山容の変わった日本二百名山の「武甲山」(1304m)と秩父市街方面が一望。

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 右手には、百名山で鋸状の山容を持つ「両神山」(1723m)を望む。イザナギの神とイザナミの神を祀っているので両神という。

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 平日だが、蠟梅を見に来た観光客やハイキング客で賑わっていた。

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 ロープウェイ山頂駅に付近にある東ロウバイ園の方は、まだ3~4分咲きといったところだが、福寿草とマンサクの花が満開。

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 蠟梅には3種類あるそうだ。「ロウバイ園」では、気が付かなかったが、後で調べてみた。
 写真左から、芯部が紅紫色で花弁が細い「和蠟梅」、香りが良く花弁の先が尖っている「素心蠟梅」、素心蠟梅から選抜された品種で花弁が丸い「満月蠟梅」。(写真は、ネットから引用。)

Photo

 

 

 
   
 
 
  
 
 
 
 

 

●宝登山神社

 

 12:20下山開始、もと来た山道を下る。手元の温度計では18℃を示している。

 

 13:05ふもとの宝登山神社に到着。秩父神社、三峰神社と並び、秩父三社の一つに数えられている。(宝登山神社については、次の記事として、詳しく掲載予定。)

 

 

 

●旧新井家住宅

 

 
 14:00、「長瀞町郷土資料館・旧新井家住宅」に寄ってみる。長瀞駅~宝登山神社の参道の脇にある。

 

 昔来た時には資料館はなかったが、資料館(入館料200円)の中に、旧新井家住宅がある。資料館入口に、旧新井家住宅の模型がある。

 

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 江戸時代中期の養蚕農家で名主だったという「旧新井家住宅」は、藁葺(わらふ)きではなく雨に強い栗の木の板を使った「板葺き」という独特な造り。窓口の人が、模型の板を使って、葺き方を説明してくれる。国の重要文化財に指定されている。

 

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 移築・改築されているが、270年ほど前の暮らしぶりを体感出来る貴重な歴史的建造物。下のモノクロ写真は、移築前のもの。

 

 
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 母屋の内部に入る。写真下は、「でえどこ」と「いろりばた」で、板張りの「ざしき」が続く。

 

 「でえどこ」は台所で、農産物の加工場でもあり、穀物の貯蔵場でもあった。広い土間は、石灰とにがりを混ぜて叩き固めてあり、コンクリートのように硬い。「ざしき」は、日常生活の場であるが、養蚕の時期は蚕で占領されるという。

 

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 「でえどこ」に隣接して「じがらば」(米や麦を臼でつく場所)、「ふろば」、「うまや」などがある。このほか、「へや」(寝室)、客間の「でえ」、唯一畳を敷いた客間の「おくでえ」。「でえ」と「でえどこ」には、階段があって二階もある。なお、便所は母屋の外にあった。

 

 資料館の方は、機織りや遺跡出土品、民具などが展示されていた。

 

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●岩畳(いわだたみ)

 

 14:30長瀞駅(写真下)に着く。駅前に、埼玉県の誇る明治の偉人・渋沢栄一が称えた「長瀞は、天下の勝地」という大きな石碑が立っているそうだが、見逃してしまった。5分ほど休んで、岩畳通り商店街を抜けて荒川の岩畳に行く。

 

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 長瀞は、隆起した結晶片岩が、荒川で浸食され岩畳となって広がり、奇岩に富んだ断層谷や岩石段丘をつくった。1878年(明治11年)、地質学者ナウマン博士の調査によって再発見され、「日本地質学発祥の地碑」がある。
 

 

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 荒川ライン下りは、冬季限定の「こたつ舟」で足元ぬくぬくで、岩畳や巨岩、川岸の絶壁や滝などを楽しめるそうだ。

 

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 ちょうど客を乗せた一艘の舟が、ゆっくり下ってきた。

 

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 15:00岩畳を出て、岩畳通り商店街のみやげ屋「万寿庵」で、長瀞名物を購入。熊笹の粉末や味噌を練り込んだ「熊笹まんじゅう」、「みそまんじゅう」の6個セット500円。そら豆の甘納豆に絹粉をまぶして食べる「絹の豆」450円。

 

 
 15:15、再び長瀞駅に戻る。この日一日、宝登山に登り、早春の花、宝登神社、旧新井家住宅、岩畳などを楽しめた。

 

 

 

 

 

 下山後にちょっと一杯の参加者4人と、駅のホームで会う。15:22発の寄居・熊谷方面行きに、一緒に乗車。それからの道中は、話に夢中で乗り過ごしたり、途中下車の駅前の居酒屋に行くが準備中だったり、乗り換え駅のホームで当てにした蕎麦屋が閉店していたり・・・・・・の5人の珍道中。出発駅に戻って、駅前で飲み過ぎる者・・・・、帰宅したのは21:30ごろ。

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