長崎から江戸へ旅した象-その3
石坂 昌三『象の旅―長崎から江戸へ』、薄井ゆうじ『享保のロンリー・エレファント』に続いて、将軍吉宗に献上される象が長崎から江戸へ旅した本を読んだ。
杉本苑子(著)『ああ三百七十里』 東京文芸社 (1986/09) 単行本 定価1,000円
この本は、すでに古本になっていて、244円(税込)で購入。
この本には、8つの短編の時代小説がおさめられている。最初の30頁ほどの短篇は本題と同じで「ああ三百七十里」で、カニシカという名前の雄の象は、一人称で書かれている。異国から将軍吉宗への献上象が、長崎に入港してから江戸城で吉宗に対面するまでの珍道中記で、かなり脚色され、小説として楽しめる。
残りの7つの短編は、享保の象と関係ない物語だった。
★ ★ ★
短編「ああ三百七十里」の中に、面白いエピソードがいくつかある。
①岡山城下での夜、宿舎で火事があり象は驚いて逃げ出す。追手を振り切り、八重桜の咲く後楽園に駆け込むが、夜明け頃発見される。
こんな話は、石坂昌三の本にはない。将軍に献上する象の周囲は、かなり厳しく管理されていたので、火事があったというのはたぶん創作だろう。もし、事実であってもこのような不祥事は、藩がもみ消したに違いない。
②天皇と対面する京都御所では、脱糞して護送役の役人たちをあわてさせた。役人はその上に羽織をかけ、事なきを得た。
この話も、石坂昌三の本には出てこない。御所で脱糞する話は、何かの資料で見たような気がするが、思い出せない。しかし、このような御所での出来事は、事実だとしても記録には残りにくいと思うが。
③増水した大井川では、象の重みで船が傾き、激流に投げ出された。護送役三人は、象の長い鼻で、救い上げられ、背中に乗せられて、対岸に渡った。
この時代、象がいくつもの川を渡って旅するのは、大変だった。石坂昌三の本では、大井川はあっけなく歩いて渡って、同行の者たちは拍子抜けしたとある。
遭難しかけたのは、関門海峡を石船で渡った時、潮の流れで波が甲板を洗ったのに象が驚き、興奮した。船はシーソーのように揺れ、回転しながら潮に流され、岩礁にぶつかる危機一髪で対岸に着いたという。杉本苑子の大井川の話は、この関門海峡の出来事に似ている。
揖斐川では、歩いて渡って深みにはまり、水没した。背中の象使いは、川に流されたが助けられ、象は鼻を高く上げて、深みを脱出したとある。
また、長良川では、船に乗せるのに手こずるが、なんとか渡りきった。しかし、対岸にいた大勢の見物人の歓声に興奮して、群衆の中を暴走して怪我人が出たそうだ。
★ ★ ★
象と護送役たちは将軍と対面し、ねぎらいの言葉を賜り、ハッピーエンドとなる。この後の、象の悲しい運命については、触れられていない。
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