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2011年11月30日 (水)

テレビ「蝶々さん」

 2011年11月19日と26日のNHKドラマ土曜スペシャルで、2回にわたり「蝶々さん~最後の武士の娘~」が放送されました。

 

 24日(木)の深夜(25日)に偶然、前編の再放送を見ました。5月に行ったオランダ坂やキリスト教系の活水女学校(現在、活水女子大)のロケが出てきました。

 後編が26日(土)だったのですが、都合で見逃してしまいました。再放送を待っていますが、NHKの番組表を調べて見ても、いつあるのか分かりません。

 

 蝶々さんは、長崎を舞台に「ある晴れた日に・・・」の歌詞で知られているプッチーニ作のオペラ「蝶々夫人」のことです。蝶々さん役で国際的に活躍したオペラ歌手の三浦環(たまき)が有名です。三浦環が蝶々さんに扮した銅像を、長崎のグラバー園で見た時、少し不思議な気がしました。

Photo_3

 蝶々さんのモデルは、長崎に居たグラバーの妻ツルが最も有力だということが、定説になっています。国際的な名声をつかんだ三浦環は、1922年に日本に帰国するとしばらく長崎に滞在し、「蝶々夫人」ゆかりの土地を訪ね歩き、演奏会を開いたりしたそうです。また、グラバー邸が、「蝶々夫人」の舞台になる長崎の港を見下ろす丘に立つ家にマッチしています。

 

 そういうわけで、長崎にゆかりが強い「蝶々夫人」と三浦環の功績をたたえ、グラバー園に銅像が建っているようです。三浦環の像の近くには、プッチーニの像もあるらしいのですが、記憶がはっきりしません。

 

 中学の時に、音楽で歌劇や歌曲の題材として、「蝶々夫人」を習いました。当時、「ある晴れた日に・・・」の曲が教科書に取り上げられたことで、現地妻がアメリカ人の夫を待ち焦がれている歌詞が、中学生に理解できるかと、批判があったことを憶えています。

 

 NHKドラマの原作・脚本の市川森一は、脚本家、小説家で、ワイドショー番組にもよく顔が出てきます。カトリック教徒で、長崎県諫早市出身、父は旧海軍大村航空隊の教官だったそうです。大河ドラマやその他TVの脚本を多く書いていますが、長崎ゆかりの小説や脚本も多く、日本放送作家協会理事長のほか長崎歴史文化博物館名誉館長もやっていて、長崎では有名人です。

 

 「蝶々夫人」が日本人の手で小説になると、蝶々さんの生い立ちが、ああゆうふうになるのかと、そういう目でテレビ「蝶々さん」を見ていました。

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