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2011年11月 9日 (水)

大村湾と多良山系

  帰省中の2011年11月1日(火)、秋晴れのいい天気だ。大村市富ノ原付近の海岸に行き、西の大村湾を眺め、東の多良山系を仰ぐ。

●針尾無線塔と西海橋を遠望する

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 右手遠く、かすかに見える3本の塔は、巨大なコンクリート製の「針尾無線塔」である。1922年(大正11年)に完成した海軍佐世保鎮守府の無線送信所であった。戦後、佐世保海上保安部が所管、海上自衛隊と共同で使用していたが、1997年(平成9年)に後継無線施設が完成したことにより、現在ではその役割を終えているという。250mmの望遠レンズで撮影。

 太平洋戦争開戦の暗号「ニイタカヤマノボレ」(ニイタカヤマは台湾の新高山)を送信した電波塔として有名である。しかしこれには異説があり、連合艦隊旗艦「長門」が打電し、呉通信隊が送信したものを受信し再発信したものとも言われている。

 無線塔の左に見える白い「西海橋」は、佐世保市と西海市の間にある伊ノ浦瀬戸(針尾瀬戸)にかかるアーチ式橋。1955年(昭和30年)完成。建設当時は、東洋一と呼ばれ日本最初の有料橋であった。大村湾への数少ない入り口で急潮でもあるため、渦潮(うずしお)が見られ、周辺は桜の名所としても有名。 2006年には、並行して西海パールライン有料道路が通る「新西海橋」が開通している。

●経ヶ岳と多良山系を仰ぐ (写真をダブルクイックして、拡大表示してください)

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 中央の山は、尖った三角の「経ヶ岳」(きょうがたけ、標高1,076m)。佐賀県と長崎県の県境に位置する多良山系に属する火山で、多良山系の最高峰。標高1,000m以上の山としては日本最西端に位置し、日本国内には経ヶ岳より西にそれより高い地点はない。

 左手の大きく見える山は、大村市内にある「郡岳」(こおりだけ、826m)。経ヶ岳の右側には、なだらかな「五家原岳」(ごかはらたけ、1,057m)や「多良岳」(たらだけ、996m)が連なる。 

●長崎空港から離陸する民間航空機

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 「長崎空港」は、正確には長崎空港B滑走路 を指し、大村湾に浮かぶ有人島「箕島」(みしま)を造成して作られた世界初の海上空港、1975年に開業した。離島航路や上海、ソウル航路もある国際空港で、長崎県の空の玄関口である。

 大村市の陸上部分にある長崎空港A滑走路は、かつては海上自衛隊と民間定期航空会社とが共用し、「大村空港」と呼ばれてていたが、現在は「大村航空基地」と呼ばれている。

●上空には自衛隊のヘリコプターが飛び交う

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 大村市は、旧大村藩の城下町であるが、旧陸・海軍の軍都の一面も持つ。現在、陸上自衛隊大村・竹松の二つの駐屯地と、海上自衛隊大村航空基地が所在する。

 大村航空基地(長崎空港A滑走路)は、戦前は海軍航空部隊の重要な出撃基地であり、ここから中国へ直接向かい、空爆を行った。現在、海上自衛隊の飛行場として護衛艦艦載ヘリコプター部隊の基地となっており、哨戒ヘリコプター、救難ヘリコプターが配備されている。また、軽飛行機の離着陸にも使用されている。

 1992年(平成4年)からは、日米地位協定に基づき、佐世保基地を母港とするアメリカ海軍の艦載ヘリの格納・整備のために、大村航空基地の一部施設が提供されている。昨年、普天間基地の県外移設候補地として取り上げられたが、市民の反対運動が起こったそうだ。

 

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